〒605-0875京都市東山区五条坂鐘鋳町569
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月曜休館(祝日は開館、翌日休館、夏期・冬期休館あり)
ここに興味を持ったのは、たまたま観ていた「なんでも鑑定団」の河井寛次郎作の木彫の回である。
更にその興味を強くしたのが、テレビでみた「浜作会」。東京の北大路魯山人の美食倶楽部に触発され、京都に出来た浜作会のメンバーにも、この河井寛次郎は名を連ねていたし、浜作で使われている皿などにも河井寛次郎作は多いという。
こちらは2階だが、右上にエアコンが設置されているのが見えると思う。このように快適に河井寛次郎の生活した空間に身を置き、いろいろな思いに耽ることが出来るのである。
猫もまた、記念館の一部なのであろうか(と思ったら、野良らしい(爆))。
庭に人が居たので、外に出られるのかなと思ったらそこは中庭で、ぐるりと回る様に廊下があって作品の展示がなされていた。更に奥に進むと、素焼窯があって、この空間が作陶するスペースだったようだ。
その一部は休憩するスペースとなっていて、寛ぎながら展示物を眺めることも出来る。
反対側のまさに作陶をしていたと思える部屋はガラス越しに作品を鑑賞出来るようになっていた。
さらに驚いたのはその奥に登窯があったことだ。この場所に登窯があるなどということは、まったく想像すら出来なかったし、実物の登窯を目にしたのはおそらく初めてだ。現在は周りにマンションも立ち並び、とても火を入れることはかなわないだろう。
実はこの登窯は当初は共同の窯だったのだとか。河井寛次郎はこの登窯の2番目の窯を使用していたのだそうで、こちらに住居を作ったのも、そもそもここにこの窯があったからなのだという。
時刻は15時になっていた。どうする?
少し頑張れば清水寺だよなと思って、わざわざ現在の鳥辺野、西本願寺西大谷墓地の中の道を清水寺まで登った。
もともとの鳥辺野は、現在の円山公園あたりから東福寺に至るまでの山麓に広がっていたらしい。六道の辻の石碑はその境界の一部である。当時は鳥葬なので、至る所に骸骨が転がっていたのではないかな。
そもそもそれ以前は特に定めはなかったので、そこかしこで鳥葬が行われていたようだが、それを鳥辺野、化野、西院、華頂、蓮台野の5箇所に定めたのは、六道珍皇寺の冥土通いの井戸で有名な小野篁である。小野篁は変わり者ではあったが、極めて優秀な実務者であったのだ。
もう遅いから拝観客も少ないだろうと拝観してみて驚いたのは、なんとも人が多くて、その人々が暑さに茹だって舞台でたむろっていたことだ。
危なすぎて立ち止まることなくどんどん進む(笑)。拝観料は400円だから、そんなに惜しくないし。
こんな遠くまで来てようやく寛いだ。ここは人の姿はほとんどない。拝観コースからわざわざ丘に登らなくてはいけない。暑いからほとんど登ってこない。
ゆっくり出来なかったから、夕方にならないうちに坂を降りて八坂の塔の後ろ側に出てきた。意識してこちらから観るのは初めてである。そのまま次の目的地の四条通りへ向かう。
何必館・京都現代美術館
京都市東山区祇園町北側271
075-525-1311
開館時間10:00-18:00
休館日月
蝋燭のような5階建てのビルで、各階ワンフロア。それをエレベーターで廻るスタイルの私設美術館である。
村上華岳、山口薫、北大路魯山人展を観る。
河井寛次郎を観たのだから、北大路魯山人も観たいなと思ってきたわけだが、だからって陶芸について無知な私に何かを語れるわけではない。でも、共にまた来たいと思った。
ね。


















