哲学の道 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

真如堂からは哲学の道へと向かった。


霊鑑寺門跡は臨済宗南禅寺派の尼寺で、椿寺と呼ばれる。椿の春と紅葉の秋に特別公開される以外は非公開であるが、残念ながら、今年の秋の公開は中止となった。



安楽寺は、住蓮山安楽寺という。また通称を鈴虫松虫寺といい、全てこの寺の生い立ちを表したものである。

法然門徒の住蓮上人、安楽上人の菩提を弔う為の寺として流刑地から戻った法然が再建したが、もともとは鹿ヶ谷草庵という両人の念仏道場であった。



後鳥羽上皇の官女、鈴虫、松虫は、念仏の教えに感銘を受けいつかは仏門へと入りたいと願うようになった。住蓮、安楽両上人は、2人の願いの強さをしり、密かに出家させたが、後鳥羽上皇はこれに激怒し、両名は処刑、さらに念仏を唱える僧侶への弾圧へと拡大し、法然と親鸞も流刑としたのだった。

安楽寺も普段は非公開ではあるが、春と秋に特別公開を行っている。



くさの地蔵

皮膚病、腫瘍平癒にお利益があると云われる。



紅葉と緑のコントラストの庭

ここには小野小町九相図が寺宝としてあるはずなのだが、公開はしていないのかな。



2010年新築の糀の間はフリースペースで、今回は公開に合わせてカフェが出張営業をしていた。



いつも通り昼抜きで歩いていたので、コーヒーで一休み。

この日、午後カフェを営んでいたのは




哲学の道を辿り法然院に着いた。



善気山法然院萬無教寺

法然上人ゆかりの地に、知恩院第三十八世萬無和尚が建立した。現在は、浄土宗より離れ単立の寺院となっている。



百砂壇は水を表しており、その間を通ることで心身を清めて浄域に入る。



本堂正面の山際に安置されている地蔵菩薩。




本堂は逆光でまるで見えないが、地蔵菩薩との距離が短く正面からも撮りにくい。

本尊は阿弥陀如来。浄土宗の南無阿弥陀とは阿弥陀如来に帰依しますという意味となる。

御朱印は受付ていないようだった。

もう少し歩くと銀閣寺となるが、祇園町に用事があるのでここで戻ることにした。

ね。