晴明神社と冨田屋 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

本能寺から市役所前駅に移動して市営地下鉄を乗り継いで今出川駅まで行きました。

そこからは徒歩で移動。雨はパラパラ。



安倍晴明の晴明神社

道を挟んで奥の敷地に本殿がありますが、手前の敷地には旧一条戻橋があります。この橋の欄干部は実際に使われていた物をこちらに移設したものです。

一条戻橋は、数々の伝承がありますが、名前の由縁はこの橋を通った時に蘇った三善清行の話です。千利休の首が晒されたのも一条戻橋。それにもすごい戦略があったような気がするんだけど、思い出せない^^;。

それで安倍晴明の晴明神社にこれがあるのは、多分、安倍晴明が式神をこの橋の下に隠していたから。

一条戻橋の奥には晴明神社公認ショップがありました。社務所ではないんです(笑)。



こちらは奥の敷地で、正面が本殿。左が社務所。



御神木の楠。両手で触ったらなんとなく暖かく感じられました。まあ暑いからね(爆)。



厄除桃。桃を撫でて厄を落とすとのことです。もちろんやってみました。

後日、桃=安倍晴明が蘇った時に閻魔大王から持たされた秘印ということだと妖怪の子孫から教わりました。

社務所に入ると七夕限定の御守りの配布は今日までと書いてあったので、



思わず手にしてしまいました。実はおみくじ付きというのがイヤーな予感がしたのです。だいたいおみくじで良かった試しがない。

とりあえずは吉でしたが、旅行はやめとけと書いてありました。やてとけって言われてももう来ちゃったし、京都の人はお帰りやすって迎えてくれるので、埼玉に帰るのをやめておけってことでしょうか。

それもいいけど、やっぱり困るなー(爆)。


近くに「西陣くらしの美術館 冨田屋」があることを思いついたので、そちらに移動。



冨田屋さんは着物の問屋さんで、当代で13代目とのことでした。この家は10代目さんが作ったのだそうです。

ちなみに、翌日バーで隣になった呉服のコーディネーターさんは「とんだや」と発音してました。



入口になっている間の正面の飾りと奥には坪庭。



これらの呉服もたいへん古い物ですが、蔵で管理しているので、今でも鮮やかなままです。



広間。普通の商談はこちらで行われたそうです。

現在はこちらをレンタルして会議も行えるそうで、利用者の中には着物に着替えて会議を行う方々もいらっしゃり、なかなか好評とのことでした。会議の後には芸舞妓さんを呼んでの宴席も持てるそうです。

実は京都で仕事で使う会議室を探してまして、こんな話題にもなるわけで(爆)。


さて、奥には上得意さんだけが通されたもっと立派な部屋や茶室やらありましたが、そちらは撮影してません。まさにお宝です。とにかく素晴らしい物でした。



広間から見える庭。この画像だと左奥になりますが、そこには蔵があり、その手前には神様用の神聖な井戸がありました。

その蔵のさらに進むと茶室、そして神様を祀った神蔵がありました。



こちらは正面にあった坪庭を横から見たところ。



この井戸は入口の背中側にありましたが、生活用の井戸で、家人はこちらを今でも使用しているそうです。



ところで、こちらは冨田屋さんで頂いたお茶なのですが、とても甘い美味しいお茶でした。茶室があるくらいなので、丁寧に淹れられているのだと思います。

待っている間に冨田屋のお茶という商品があるのを見てしまったので、お相手をしてくださった大女将さんにそれをつたえられなかったのは残念でした。

伝えたらきっと買わされちゃったと思います。

ちなみに女将さんはイタリアから観光で来られたご家族のお相手をされてました。グローバルです。

ね。