大原〜1 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

  小兵衛の息・秋山大治郎は、大和の国・磯城郡・芝村へ、嶋岡礼蔵の遺髪をたずさえて旅立ち、(中略)
  それでも彼は、芝村から奈良、京都を経て、山城の愛宕郡・大原の里へと入り、かつての老師・辻平右衛門のもとで五年の修行をおこなった屋敷をおとずれ、旧知の人びとに会い、老師の墓にも詣で、三日をすごした。

と、いうことで5回目の上洛となる今回は「その」大原に行くことにした。もちろん現在の大原は一大観光地化してしまい、当時の趣きは残っていないのは百も承知ではある。むしろ比叡山で三千院門跡の石碑を見た時から、なんだかそれは決まっていたように思えるのだった。

  ちなみに辻平右衛門の遺体は、大原の円妙寺という小さな寺に葬られたとあるが、円妙寺という寺はみつけることが出来なかった。

京都駅を8時前にでる京都バスで大原には9時過ぎの到着であるり観光客よりもむしろ登山者が多く、バスは超のつく満員であった。



三千院へと続く道には土産物などを売る店が連なっていて、ダラダラとした登りが続く。



名物のアイスきゅうりを売る店も、まだ開店早々という感じだった。



芹生
075-744-2301
京都府京都市左京区大原三千院畔 
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260504/26001063/

左に曲がると三千院へと続く階段の手前にある懐石料理の温泉宿。昼の食事もできる。  

芹生と聞いて群馬の温泉を思い出すあなたはなかなか群馬通である。一時汚いという話もあったが、最近はそんなこともないらしい。

石段を登ると左側には先程よりは少し小綺麗な飲食店と土産物店が並んでいて、割引のサービス券を配っていたりする。



天台宗 三千院

梶井門跡とあるが、三千院の名は明治になってからの改称であり、そもそもは最澄が延暦寺を開いた時に東塔南谷の梨の大木の傍に一宇を構え、円融房と称したのがその起源という。そこからの脈々とした歴史の中での変遷がある。

さて、何の迷いもなく門を潜り左へと進むと受付があった。参拝は700円だが、建物内での撮影は禁止。ただし建物内から庭を撮るのは可だった。



いったい何のことなのかと思ったが、コケ寺リウムというらしい。コケ寺リウムはJR東海とのコラボイベントで、こちらは撮影可だという。

三千院だけではなく、圓光寺、建仁寺などでも開催されている(11月30日まで)。



このような作品が3つ展示されているほか、



期間限定のモシュ印(目の前で書いていたけれど書置き)。



赤い毛氈が見えると思うが、こちらでは庭を眺めながらお茶が頂ける(有料)。



往生極楽院では僧侶のユーモアを交えた説明が聞ける。



往生極楽院の前の庭にあるのが、わらべ地蔵である。



こちらもわらべ地蔵。



観音堂と、その手前の金色不動堂とで御朱印が頂ける。



金色不動尊は金色不動堂で。



弁財天も金色不動堂で。



こちらが妙音福寿大弁財天。



聖観音は観音堂にて。



あじさい苑を進んでいくとある六地蔵。実は手前の前掛をして苔の蒸しているお地蔵様は含まれていない。



六地蔵を観ていたら知合いによく似たお地蔵様がいた。



鎌倉時代に作られた阿弥陀石仏。

さて、門外に出ると重要文化財収蔵施設の円融蔵があり、ご本尊の御朱印はこちら。



三千院のご本尊様は伝教大師作の秘仏 薬師瑠璃光如来である。

ね。