元気な八百屋の親父は下校途中の小学生に声をかけ、魚屋の親父は博打で店を潰しちまった。
大好きだった屋台のお好み焼き屋の爺ちゃんは、幼稚園の時にはすでに屋台を引くことはなく、自宅前で店を開けていたが、やがてそれも無くなってしまった。小さな街にもショッピングセンターができて、人の流れが変わり始めようとしていた。そのころご馳走だったのは、近所で唯一のラーメン屋のもやしそばだった。
やがてショッピングセンターは名前を変え、そしてそれすら今はない。
神童と呼ばれた少年は、やがて落ちこぼれとなり、さわやかな青年を経て、ただの親父となった。破綻した生活がよっぽど性にあっていたのか、まっとうな生活をするようになると、やがて精神に破綻をきたした。一時立ち直ったかのように思えたが二十年を経て、再び破綻し現在にいたる。
唯一の救いは、本人がその破綻を認識し、対処できていることぐらいだ。
昭和のあのころから変わらずに残っていた物は、子供達の遊び場だったなんの変哲もない小さな公園と、このラーメン屋だけだと今日気がついた。

