総湯とは石川県にだけ存在する共同浴場の名称。○×大湯という名称と同じ意味。宿泊客、住民の区別なく利用できる施設である。
今でも古い湯治場である山口県の俵山温泉ではその形態が残っているが、それぞれの宿屋には風呂はなく、湯治客は宿泊した宿から共同浴場に通い、街の人と一緒に入浴する形態が古くは当たり前の形態だった。
そんなのめんどくさーい!と思うかもしれないが、それはそれでなかなか良いものだぞよ。
従って共同浴場である総湯を中心として温泉街は形成されていくこととなる。
かつて北陸における最大の温泉街だったのは山代温泉で、ピーク時には50軒におよぶ宿泊施設が存在したが、バブル崩壊とともに衰退し、宿泊施設は半減してしまった。現在では最大の宿泊者数を誇るのは和倉温泉となった。しかし歓楽温泉としての知名度は頗る高く、関西地方では男性が「山代に行く」といえば大抵、女遊びに行くことを暗喩するといわれるほどであった。
そこで山代温泉ではそのイメージを払拭し、再び宿泊客を呼び戻すための戦略に打ってでた。もともと当地の総湯「山代温泉浴殿」は藩政時代から続く共同浴場であり、町並みは紅殻格子が鮮やかな古い旅館や民家が点在している。また近世には古九谷を再興した吉田屋窯が置かれた場所でもある。さらには「おいしんぼ」で万人の知るところとなった美食家であり芸術家としても知られる北大路魯山人の愛した土地でもあり、その寓居跡は現在、「いろは草庵」という名前で観光名所となっている。
ふーん、ここまで調べるとなんとなく山代温泉のイメージがつかめてきたね