雅子が今年に入会したで、先日2回目の句会があった。
短冊に書いた句は?
春光や福が飛び込む鬼の面
句会の主催者は、この句を詠んで「鬼を喜んで家に入れる気が知れない。こんな句は俳句として書くべきではない!」と云った。
おまけに「鬼はうち」とはなにごとか!「鬼は外、福は内」だと。
なんという言い草か?俳句を詠むのなら、これぐらいは知っとけ!主催者なら、知っていて当たり前。知ったかぶりをするな!
明日は節分なので、仏教で言われる鬼は六道でいう「餓鬼」のことです。
私たちが生まれ変わり死に変わりを果てしなく繰り返す世界を「六道」といいますが、
その六道の一つを「餓鬼道」とか「餓鬼界」といい、ある行いをすると、餓鬼道に堕ちて餓鬼に生まれます。
もっとわかりやすく言うと、餓鬼というのは、飢えた鬼と書きます。
そして、「遠仁」とも書きます。
仁とは人間の心のことで、他の人を思いやる心です。
その人間の心に遠いのが鬼ですので、
「自分さえよければ他人はどうなっても構わない」
と自分のことばかり考えています。
しかも餓鬼は飢えた鬼なので、よけい
「自分さえよければあとは構わない」と、
とにかく「欲しい欲しい、自分が欲しい」
と自分のことばかり考えています。
そのため、食べ物(節分用豆」を見つけると、猛ダッシュで駆け寄ります。
鬼は無我夢中で口にほおばろうとしますが、
食べ物は、ボッと青白い炎になってしまい、食べられません。
餓鬼道は、もともと地下深くにありますが、
餓鬼は人間界や天上界にも出てきているときがあります。
鬼にもいろんな鬼がいるけれど、
例えば酒吞童子(鬼のかしら)、秋田県の「なまはげ」も鬼です。
秋田県の「なまはげ」は良い鬼の代表みたいなものです。あはははは。
明日は奈良県の元興寺でも、節分の行事が行われます。
豆まきは、鬼を追う神事から始まったとされます。本来は「福は内」の掛け声でしたが、「鬼は外」が対句として使われるようになりました。
元興寺は、八雷神や元興神の鬼の発祥地であるので、
近年あえて「福は内、鬼は内」と呼ぶようにしています。
つまり「福は家の内に入るように」「鬼は自分の内から出るように」願っています。
このほかにも、「福は内、鬼は内」と言って、豆まきをするところはいっぱいあります。
当然ながらわが家も、「福は内、鬼は内」だけど。
誰が、「鬼は外」にしたの?馬鹿野郎!


