こんにちは、くんです。少し間があいてしまいましたが…「マイストーリー」続編です
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静岡市で生まれ育ち
小5ではじめての挫折&あきらめ、中学3年でそれはほぐれつつ…
商業高校→地元OL→4ヶ月でやめて→19歳で上京
マスコミ広報関係の専門学校→編集業へ
→旅・教育…そしてスピリチュアル
→入籍→義父・実母が他界→流産→専業主婦へ…
東京から埼玉へ
東京で出逢い、暮らしていたわたしたちは
2000年 旦那さんの転職を機に埼玉へ引越し
旦那さんの仕事関係者以外 知ってるひとはいない
静かな時間を過ごすようになった
朝 旦那さんが出勤したら
あとは ずーっとひとり
ひとりで過ごすこともスキだから それはそれでいい
こんなにも ゆるやかに時間って流れているんだと
新しい土地で感じながら暮らしはじめて 数ヵ月後
妊娠
うれしかった
でも…前回の経験から 希望と不安がぐっちゃぐちゃになった
初期の出血 自宅安静…
うまれた!と思ったらその4時間後に娘は小児医療センターへ
(参照 妊娠記録 / 姫の誕生のときのこと)
姫が誕生し
わたしたちの暮らしに変化が訪れた
旦那さんの仕事は 毎日忙しく
姫とわたしは濃厚な日々
頼れる人がいない…
わたしは いじっぱりで
なかなか「助けて」が言えなかった
「大丈夫」
今おもえば そう 言い聞かせて がまんして
想いをしずめていたんだと思う
…わたしがもう、、いっぱいいっぱいだったんだろう
旦那さんがせめて会社の近くに…と
しばらくして 会社から歩いて2分の一軒家を格安で借りれることになった
そこは 埼玉のちょっぴり田舎にある 公園近くの住宅街
姫と毎日お散歩にでかけたり 近所のお友だちもできていった
なかでも 産院で友だちになったYが
遊びにきてくれたり わたしたちを連れ出してくれり
ときには 手助けをしてくれた
旦那さんは忙しいんだから…
勝手に空気をよんで 勝手にまいってたころ
(参照 → ママの孤独・その1 / ママの孤独・その2 )
次女を抱っこしながら わかったこと
第二子妊娠
あいかわらず 好奇心旺盛で甘えん坊さんの姫のことで
必死になりながらの 妊婦期間だった
無事 うまれてきてくれた次女
次女は とてもおだやかで
赤ちゃんのころから不思議な包容力があって
赤ちゃんだけど いつもそばにいてくれることで安心できる
そんな存在だった
家族4人の暮らしも 心地よいリズムやペースがつかめてきたころ
旦那さんの実家(中津)の隣の家の方が 家を売りに出す
それを購入しないか?という話が 義母からきた
旦那さんは 仕事のこともあり
ここ(埼玉)を離れるつもりはないこと
義母も わたしたちの好きなようにすればいいと言い
その話は 流れた
ある日の夕食後の時間だったと思う
次女を抱っこしながら ふと 思った
「中津にいこう」
なんでこのとき そう思ってしまったのか
理由はよくわからないのだけど
次女に 「それがいいんじゃない?」って
言われた気がして(まだ9ヶ月)
その「それ」が 「義母の隣で暮らす=中津に行く」ということ以外
浮かんでこなかった
旦那さんに伝えてみた
とても びっくりしてた
でも
そう思ってしまったものは そうなのだ
旦那さんとわたしは
そのあたりの感性というか ピントが合っているので
こういうときの 話は早い
現実的な問題はいくつかあったけど
そういうことは なんとでもなる ということを
お互いに過去の経験からわかっていたし
どちらを選択するか?
選択肢はわたしのなかでひとつしかない
(そういうものだった)
そう 思ったときから決まってた
旦那さんは ようやく積み上げてきたことの成果がではじめていた
本気で取り組んでいた仕事を手放すことに葛藤があっただろう
でも 旦那さんも わかっていた
答えはひとつ
中津のその家を買い
リフォームをして
仕事をやめ
次の仕事も決めず
無職のまま
2004年 春
中津へむかった
>>>つづきはこちら
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→ ありがとう(3/9)の日に【マイストーリー】はじめます
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→ 思春期~青年期 編
→ 東京へ 編①
→ 東京へ 編②
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→ 中津へ 編(この記事です)
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