おはようございます♪今週もHAPPYな一週間でありますように。
雨降りの月曜日も今日はしっくり、xun(くん)です。
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つづきを楽しみにしてるよ~というメッセージやコメントをいただき、うれしいな
長文を読んでいただき、ありがとうございます。
さて、はりきって、この記事のつづき・・です。
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食べることより仕事
編プロでの仕事は、まさに好きなことだらけだった
アシスタントとはいえ、社員のみなさんの仕事がやりやすくなるような手配をし
ガイドブックの宿一覧表何百件と、上から下まで電話をかけては
記載内容に間違えがないか確認することも、いやになってやめるひとは多いと聞いたけど
すべての作業が、一冊の印刷物が出来上がるには欠かせないことで
そこに自分が関われているという事実が、わたしにはうれしいことだった
アシスタントを半年続けたころ、「社員にならないか?」と言っていただき
もちろん即OK!ありがたい話だった
小さな編プロだったから、できることは自分たちでやった
温泉の本の担当になったときは、水着姿でモデルの変わりに温泉に入ったり
やれといわれることは、挑戦した。旅以外の仕事も…
健康ランドのレポート記事をかいたり、電化製品の広告を作ったりもした
初公開 ↓↓↓
取材しながら経費削減(笑)
やれといわれたらモデルもやった頃
久しぶりにその本を開いてみた…今となってはすべてネタ(笑)
(さすがに水着姿はひかえておこう)
カメラマンさんやデザイナーさん、ライターさんとの交渉も楽しくて
締切りに向けて自分で工程管理をしながらすすめることができるのは
責任もあったけど、それ以上にやりがいがあって、仕事に夢中になった
終電で帰ることはあたりまえ、徹夜も多く
気づかないうちに…あまり食べてなかった。。
(食べる時間がもったいなかった)
当然、体重が激落ち
実家に帰ったとき、母に驚かれて気づいたほどだった
いったん、休もう
そう思い、退職
企画の仕事につくことにした
旅~教育~スピリチュアルへ
学校関係の新聞&冊子を編集・発行している会社の企画営業部
外回りの営業はなかったけれど、電話での広告営業をしたり
○○フェアのイベント企画や運営
頻繁に行われる理事長たちを招いてのお茶会の準備
仕事と経済、恋愛のバランスもとれ、充実した日々だった
いつもご機嫌だったと思う(笑)
そんな様子をみていた外部の代理店の方から声がかかった
自分たちが請け負っている冊子の担当になってほしい
うれしかった!
それは、子育て中のママに向けて、私立幼稚園に無料配布している冊子で
わたしも社内の発行物の中で一番好きなものだった
編集長も了承してくれて、企画部から移動
再び編集に関わるようになった
年に四回の発行
企画書作成や読者管理、編集業務や営業アシスタント
読者であるママたちとの商品開発やアンケート
チームワークもよく、発行部数も売り上げも伸びて好評だった
そんなとき
そのチームでもあり代理店のかたから提案があった
「あたらしい冊子をつくるから、一緒にやらないか?」
それは、大好きな「スピリチュアル」に関するものだった
収入は今よりかなりさがってしまう
でも・・やりたい!
そう思い、会社をやめ
そのプロジェクトの参加することになった
当時のわたしは
目に見えないけれど、たしかにあるもの
心や本質、潜在意識や魂、に興味があり
そういった関連の方たちと出会う頻度があがっていたところ
この冊子の創刊に関わることとなり、日々加速していった
ヒーラーやチャネラーといわれるかた
宗教家や音楽家、ヒーリングサロンの取材やレポート
ヒーリンググッツのチョイスや通販の開始
スピリチュアルに没頭した
没頭といえば聴こえはいいが
要するに…はまった(笑)
そんな人は自分では気づきにくいもので
否定的なことをいう人は
「波動が低い」
「ステージがちがう」
「前世が…」など
なんとも痛いことを言っては
(当時の自分に向けて…の主観です)
理解ある人たちとだけ、その世界を浮遊していたように思う
出来上がった冊子を実家の父に見せたときのこと
「なんだ? おまえは宇宙人か?
さっぱり わかんねえな…」
えっ???
と・・とうさん…がそんなこと言う?
しかも、なんだか不機嫌
そのうえ、ほとんど読まずにその冊子を返された
なんだかショックだったな
でも・・このあたりから思いはじめたのかも
伝えたい人に伝わらない
届かない・・
なんでかな?
どうしたらいいんだろう?
わかるひとだけにわかればいい
ほんとにそれでいいのかな?
わたしは、それをしたいのかな?
そんな心の葛藤を抱え込んだまま
日々は忙しく過ぎていった
26歳
一緒に暮らしていた、旦那さんとついに入籍
(恋愛編は別記事にて)
結婚式を1ヵ月後に控えた夏の始まり
義理の父が、倒れた
くも膜下出血
だれよりも、旦那さんとわたしの結婚を喜び
結婚式を心待ちにしていてくれた義父が、他界した。
>>>つづきはこちら
(長文お付き合いいただきありがとうございました。)
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