心の蓋を開けてから
やっと、少し心が落ち着いてきたと思ったら
もう、次の課題が![]()
こんにちは、Ikuzoです♡
自分の中にいろんな感情があることに〇をして
自分の中では良い感じになって来たけれど
それでは、あくまでも自分の世界の中だけ
せまいせまい安全圏内だけの話で
対、外の世界、
ずっと避けて来た人との心を開いての交流
このことが心に浮かぶようになりました![]()
家族にでさえ、やっと最近
完全に心を許せるようになったばかりで
ハッキリ言って、外の世界は怖くて仕方ない。
これまで、さんざん失敗して傷付いてきた。
子どものころから、私の「良かれ」は
空振りしまくって来た。(と思っていた)
変に心がピュアだっただけに
相手の気に障ること(人の心の地雷を踏むこと)
を、知らず知らずにたくさんしてきたんだと思う。
(そもそも私はそんな役割だったのかもしれないけれど)
ああ、私の想いは届かなかった
また、届かなかった
やっぱり届かなかった
どうせ届くわけない
伝わるわけない
私が働きかけること自体が迷惑かも
やっても意味がないんだ
自分がそうしたいと思ったからやっただけ
相手の反応がどうかは関係ない
ーって言うけれど
自分の想像をはるかに超える方角から
裏返しのことが返ってきたら
凹むよね~![]()
それを、
へぇ~あの人はそう思うんだ
って、受け流せるほど強くなかったし
失敗が積み重なれば
自分に疑問を持つようになって
相手の顔色が気になるようになってくる。
最後は、相手の反応が怖くて
自分の気持ちや考えを伝えることにすら
無意味なんじゃないかとか
迷惑なんじゃないかとかって
関わる事すら怖くなっていった。
自分の親切心すら偽善ではないか?と
疑うようになった。
だから、最低限だけ。
ゴミを拾うとか、ドアを抑えるとか
明らかにお年寄りの方や身体の不自由そうな方に席を譲るとか
お年寄りや体の不自由な方、子ども連れの方などが居たら
後ろからそっと、いつでも手助けできるように気を付けておくとか
なるべく言葉を発しないでいい程度にしか
自分の想いを表現しないようになった。
モノを落とした人が居たら一緒に拾うとか
階段を上がるおばあちゃんの重たい荷物を持ってあげるとか
昔は当たり前にやってたけど、
今は、手が、足が止まるようになった。
私の手助けなんて必要ないんじゃないかって。
愛とか言ってるけど
ただの自己満足でお節介なんじゃないか
偽善なんじゃないかって。
ああ、私もえらく卑屈になったもんだ。
たとえバカだったとしても
今では、あの頃のピュアな心を持った私が愛おしいと思う。
大好きな人たちに愛を受け取ってもらえなかった
子どものころの心の痛みを追体験してたな~って思う。
ありがとうという言葉なんて
見返りなんて
考えもしてなかった
ただ、
笑顔が見たかった、
力になりたかった、
少しでも心が通い合えたらって思っただけ。
でも、
心の中までは分からないけれど
子どもだった私の目には
無表情=受け取ってもらえなかった
としか映らなかったし
誤解されて怒られても言い返せなかった。
悲しかった
悔しかった
要らないことをしてしまったんだと
自分を責めた。
じゃあ、次はこうしてみたらどうだろう?
ってトライ&エラーを繰り返しているうちに
人と関わるのがどんどん怖くなっていった。
どうせ私なんて・・・が心に巣食っているから
やっぱり私なんて・・・という結果しか受け取らなくなっていった。
必要な人とそうでない人の判断基準が
おかしくなっていったんだなと思う。
受け取ってもらえそうもない人にばかり
一生懸命に手渡そうとして
勝手に傷付いていた。
にこやかに受け取ってくれる人のことは
社交辞令なんじゃないかと
疑うようになっていた。
ザ・末期症状。
どうやったら人と普通に(普通 を考えるあたりがキモやねw)
関われるんだろう?って苦悩した。
でも、20年以上連れ添っている夫や
私を慕ってくれている子どもたちのことでさえ
信じることが出来なかったんだから
外の世界でなんて無理だったよなーって
いまなら思う。
すぐ、高い山・険しい山に登ろうとする
そこを制覇することで納得させようとする悪い癖![]()
でも
やっと今、家族には素の自分を見せられるようになって
ラクになった。
だから、外に開くことが
頭に浮かんできたんだと思う。
家族さえいればいい
という考えには落ち着けなかった。
いっそ、そう思えたら楽だったのかもしれないのに。
幸い、私の目に映る世界には
開いている人たちがいっぱいいる。
きっと、彼ら彼女らも
多少なりとも怖いという気持ちを乗り越えて
世の中に自分を開いて見せているんだと思うと
勝手に勇気をもらっている。
こうやって書きながら
怖いという想いを自分の中から取り出すことで
その存在を認めてあげることが出来ていて
これだけでも、自分が安心しているのがわかる![]()
誰も私を傷つけることはできないし
目の前の現実に自分が反応することは
自分の心・持っている想いの反映でしかない
だから、大丈夫。
あくまでも自分の内側を見ることであり
ありのままの目の前の人との対峙でしかない。
自分を見るのはまだまだ怖いけど
そろそろ準備が整ってきたようなので
小さな一歩を踏み出してみようと企んでいます。

