おはようございます、しるこです

年末から、
引っ張り~に引っぱっている、
父からの言葉。
もーなんか、気にしすぎて、
記憶が次々に掘り起こされ、
言動に「正しさ」という共通点のある、
父と主人とすごいあの人が、
わたしの中でダダ被り。
同じ人に見えちゃう。
違う人なのに、ごめんなさいね

自分で自分をブンブン振り回し、
クタクタです。
そこへ昨日からの冷え込み。
寒いわよっ

やらなあかんことも、
やりたいことも、
先送りするあまり、
ほんとにしたいのかわからないじゃないっ

で、スッキリしない日々を送りながらも、
毎日、何かしら情報は入ってくる、
というか、取り入れていますと、
わたしが何にスネて、
何がしたくて、
家族とどうなりたくて、
どう生きていくと楽しいのか、
という問いに、
答えらしきものが、ぼんやりと形をなしてきます。
父は、わたしに
「母親としておかしい」
と言ったけど、
その言葉をわたしが、批判として受け取る必要ないなー、と。
父はただ、静かに断定したのです。
父の言うことは、正しいです。
正しいと、わたしが思うから、そのように行動を改めます。(今までは)
わたしがいつも感じてきたのは、
正しいことをするのに、
どうしてしんどいのかなぁ、ということ。
単純に、正しいことをしたら、幸せなはず、と思っていて。
なのに幸せじゃないのです。
少し違和感を覚えて、閉じ込められる気分がして。
そうか、わたしは違う方向に努力してたのかな、と思いました。
進む方向が違っていたなら、別の方向へ向かえば良いわけで。
父は、父の道を。
わたしは、わたしの道を。
ずっと後ろを付いてきた娘が、
突然違う道を歩き出した。
驚くかもしれない。
腹を立てるかもしれない。
でもわたしが歩めば、怒るより、悲しむより、むしろ父は安心するかもしれない。
わたしは(父から見て)、
母親としておかしいけど、
それでも子供たちは、元気に育ってくれて、わたしを愛してくれる。
母親としておかしいけど、
それでも主人は、わたしと夫婦でいてくれる。
今までと何も変わりません。
そう考えたら、父の言葉は単純に
「わたしの道はこれだ」
と示したにすぎません。
批判ではなく。
「おまえの道はどれなんだ」
と、あるいは問うたのかも。
それならば、わたしの道を歩いていけば、いい。
鼻唄うたいながら歩いていたら、
肩を並べて、
「その道、楽しいか?」
と聞いてくれるかもしれません。