暑い、暑過ぎる

早々に蝉も鳴くわね〜

一昨日、仔猫を引き受けて頂いた代表の方へのご挨拶と、
ポン太とミケアに会いに譲渡会へ行ってきましたよ🚃
駅までの道すがら、何処からかチリ〜ン!という音が聴こえてきました

風鈴かな?🎐
涼しげだわ〜

でも何処と無く風鈴とは違うような

規則的で、心の奥底に染み入るような音色。
風鈴ならベランダにあるはずなのに、何故だか上空から聞こえるようで。
天を仰いだところ、当たり前だけど電線が目に入りました

いやいや、電線に風鈴なんかないわ、、
自身にツッコミを入れつつ前を見据えると、一人の人間が佇んでいました。
「托鉢だ…」
*ネットから拝借させて頂きました。
午後の西陽が突き刺すような日差しの中、彼は街角で修行をされていたのです。
いくら修行とはいえ、ひと昔前の暑さとは明らかに違います。
見て見ぬ振りが出来ませんでした

私は以前数回、熱中症で倒れたことがあるので他人事ではないのです

母は街角で托鉢と出会った際には必ずお布施を渡していました。
小さな頃から、そんな母の姿を見ていたからか、私もいつのまにか同じ振る舞いをするようになったのです。
今回ばかりは酷暑でしたので、近くの販売機でポカリスエットと心ばかりのお布施を渡しました。

「この暑い中、大丈夫ですか?
埼玉は内陸で暑いですから、熱中症にお気をつけくださいね」と告げたところ、
60代ぐらいと思しき男性は、微笑みながら静かに頭を下げられました。
托鉢はお礼を言わないことをご存知ですか?
お礼を言うと自分の為になってしまいますね。
托鉢は手に持った鉢にお布施や食料を頂くだけではなく、修行、善行でもあるのです。
修行という認識は間違いではないが、ある意味、施しをする側、つまりお布施を出す(お金を出す)側にこそ、修行という意味合いがより強く生じる行為だという。
托鉢の行為は、僧侶に施しをすることで人々に功徳を積んで頂くことになる。
お布施は僧侶よりも一般の方々の為の行為といえるのだ。
布施という尊い行為をする為には、自ずと相手が必要になる。
その相手側となる為に、僧侶は托鉢をしていると説明すれば辻褄が合う。
お布施を頂いたにも関わらず、ありがとうございます、と言わない理由はこのような意味合いがあるから。
善は日本独自の慣習であり、思想といえよう。
去年2回托鉢に出会い、お布施を渡したところ、
このようなカードを頂戴しましたよ。
確か、保護猫カフェねこかつさんに行く途中の川越駅だったかな?
『六根清浄』
人間に具わった六根を清らかにすること。
六根とは五感とそれに加え、第六感とも言える意識の根幹である。
眼根(視覚)
耳根(聴覚)
鼻根(嗅覚)
舌根(味覚)
身根(触覚)
意根(意識)
『六根清浄』と唱えながら、修行僧は山を登るといいます。
年がら年中、悩みが尽きないワタクシ




迷える子羊よろしく、
ワタクシの心配ごとを托鉢の鳴らす凛とした音色が、
様々な迷い、悩みを鷲掴みにし、
一気に邪念を取り払い、
少しずつ浄化されていくような。
そんな不思議な感覚を覚えるのです



厳しい修行をされる僧侶のパワーにあやかりたい



いやいや、托鉢の意味合いを考えるとワタクシが日々修行をさせて頂いているのでしたね

*拝借させて頂きました。
清々しさとパワーを纏ったワタクシは、譲渡会へと急ぎました🚃

そうそう、キジたんはすぐにお声が掛かったんですよ

キャットドアがあるお家なんですって

あらあら、ミケア

久しぶり〜
カンガルーの子どもみたい

ポン太も抱っこされてましたよ

こうして抱っこ出来るようになったのは、Kさんが愛情をかけて下さったからこそ
保護できないワタクシにとって神さまです

本当にありがとうございます

本来こんな暑く、また寒く過酷な場所に猫がいるのは好ましいはずはありませんよね?
だからこそ、早く安心安全なお家を探してあげたいのです

ペットショップやブリーダーから犬猫をお金で買うのではなく💴💰
是非何処にも行き場のない、保護犬保護猫を迎えて欲しいと思います
匂いで分かるかな
お〜懐かしの兄弟よ〜
元気かニャ?
つぶらな瞳

暑いですニャ
過酷な環境にいたことがわかりますね

ママンに抱かれてるようなのかな?
生後3ヶ月
数人の方が、ポン太とミケアに関心を持って下さいました

兄弟一緒で
お声が掛かるといいなぁ





母猫と引き離してしまったからには、幸せになってもらわないと困ります

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