今更ながらだけれど、タイムリーな出来事と重なったので。
金管クラブによって軽快に演奏された
中学娘の入学式での星野源さんの『ドラえもん』
中学娘の入学式での星野源さんの『ドラえもん』
それから僅か数日後、初授業参観でのこと

入学前のアレルギー面談での対応があたたかく、好印象だった若き男性教師。

授業は自己紹介が中心だった。

あ〜自慢ね…
しかも写真付きで

先生の父親はとある競技の元オリンピック選手

息子である担任教師もまた同じアスリートの道を志し、高校では輝かしい成績を収め
スポーツ推薦で日大へ…

その後、日大問題が勃発するとは夢にも思わず

黒板にペタンと貼られた一枚の大きな写真は、担任教師がチームメイトたちに胴上げされている写真だ。
優勝したのだろうか。
そう思っていた。
その時までは、、
先生は、「この写真を見て分かることは?」
「試合で勝った!
優勝した!」
と生徒が口々に答える。
日大のいわゆるバリバリ体育会系の世界で、寮生活をしながら明けても暮れても更には寝る間際までトレーニング漬けのハードな日々。
そんなある日、肩を壊しドクターストップがかかり、競技を続けられぬことになってしまった。
絶望のどん底の中、もがき苦しみ希望さえ見出せぬ日々。
チームメイトの活躍さえ素直に喜べず、自身を責めた。
ようやく真っ暗闇のトンネルを這い出ることが出来たのは、ひとつの考えに至ったから。
「これからは選手ではなく、コーチとしてチームを支えよう」
退部も頭をよぎったかもしれない。
要は、そう発想を転換させざるを得なかったのだろうと思う。
地上にある木々の葉っぱや実になるのではなく、
あえて大木を支える根っこになる。
そんな中、自分の本心とは裏腹にコミュニケーションがうまくいかず、些細な仲違いも起こった。
それでも必死に選手の身になって言葉をかけ、声に耳を傾けた。
いつしか心が通じ合うようになり、遂にチームは勝利をつかんだ🏆🏅
チームメイトたちは監督、そしてコーチである先生を胴上げしたのであった。
それこそ、黒板に貼られた胴上げの一枚の写真だ。
もちろん優勝するに越したことはない。
努力が報われるワケなのだから。
だけれど人生で成功する人は僅かで、
努力したからといい、みんながみんな報われるワケではない。
NEVER GIVE UP ‼️
って言うけれど、諦めが肝心という言葉もあるように、
諦めざるを得ない時だってある。
挫折は人生の肥やしだと思っている。
人の痛みや悲しみは経験しないと理解出来ないと思うし、長い人生の中で必ず糧になるはずだから。
クラスの自己紹介がテーマだった授業参観。
「先生は今でもチームメイトたちと連絡をとっています。」
すかさず男子が「ラインで?」




真っ黒に日に焼けた先生は最後に笑顔でこう呟いた。
「あの経験がなかったら、今こうして教師としての自分はいない。
子供たちが本当に可愛くて、本音は先生みんなの頭をイイコイイコしたいぐらいなんだけど、セクハラになっちゃうからガマンしてます、ハイ!」
ドッと笑いが起こる。
隣にいたパパ友さんと、「良い授業でしたね…」と話した。
これこそ、道徳の授業だと思う。
道徳の教科書でイジメはダメ、お年寄りを大切にしましょうってどうなんだろう?と思う。
その結果、相も変わらずイジメや自殺はなくならないし、ましてや教育委員会や校長までもが手続きが煩雑だと生徒の小さな叫びのメモをなかったことにしちゃうし。
しかも今は道徳に、評価や成績が付くというではないか。
道徳の答えはひとつではないし、私たち大人が正しい振る舞いをしお手本にするのが本来のカタチなんじゃないかな。
か弱い生きものに心を傾け、子供たちを地域で守り、お年寄りや精神、身体にハンデを負う方に手を差し述べたり、差別しないこととか。
そうすれば自ずと子供たちは同じように真似るんじゃないかな。
巷で横行する政治家や権力者の嘘や責任転嫁の数々



私は余すことなく、子供たちに正直に大人の汚い側面として、
反面教師として伝えることにしている。
正直者が馬鹿を見ない社会を。
切に願う。
ありがとうございました




