街角からは、お決まりのクリスマスソング。
終始、同じメロディーでうんざりするほど。
この時期にきまって折り込みチラシに入っているもの。
ペットショップのクリスマススペシャルセール。
そしてクリスマスが過ぎれば、在庫処分と言わんばかりに命のバーゲンセールに突入。
とても心穏やかではいられない。
朝日新聞アエラ記者の太田匡彦氏の著書
『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』にはこう記してある。
抱かせ勝ち
狭いガラスケースに展示される仔犬、仔猫たち。
じっと見つめていると、すかさず店員が寄ってきて、「抱っこしませんか?」
小さくて丸いあたたかな身体を抱っこし、瞳を見つめられようものなら、大抵の人々は恋に落ちるのではないか。
そして離したくなくなる。
ごくごく普通の感情だ。
私に置き換えてみよう。
例えば、ウインドーショッピングをしていて、ちょっと気になる洋服を目にする。
素材、形、値段などチラリと見たりして。
そうすると、さり気なく店員が声をかけてくる。
「試着しますか?」
「サイズもぴったり!
お似合いですよ~限定品なんです。
残り僅かなんですよ」
鏡を見ながら、言われて悪い気はしないし、その時には既に心は決まっている場合も多かったりする。
単純な私はすぐ恋に落ちるのだ。
つまり、洋服に限らず、犬、猫であっても、抱っこするのは衣服を身につけるように、同じ心理が働く。
抱っこ作戦は、飼わせるのではなく、買わせるもの。
マニュアルに既に仕込まれているのだ。
こうして、生体販売のペットショップ、ブリーダーは抱っこを勧め続ける。
売れ残り、障がい、病気のいわゆる欠陥品。
命は商品ではない。
ドクドクと心臓が鼓動を打ち、あたたかな血液が流れる尊い命だ。
生産過程にロスがつきものなのは、最初からわかっていたはず。
杉本彩さんの講演会でのこと。
犬、猫を買うことは、繁殖業者(ブリーダー)の思うツボ。
かえって悪事に加担し、共犯関係になってしまうのです、と。
ガラスケースの仔は救えても、裏にいる繁殖用の親たちは救えない。
個人的には、ひたすらヒート、交配させ、何度も出産を強いられる親たちが不憫でならない。
悲しいかな、、助け出せるのは、ブリーダー崩壊の時だけ。
しかしながら、時、既に遅し。
骨と皮だらけで殆どは亡くなっている場合が多い。
私は出産経験があるので、早いうちに子どもと無理やり引き離されたら、屈辱的で先ずうつになるだろう。
そうして兄弟ゲンカなどの社会性を身につける機会を奪われた仔たちは、少なからず問題行動を起こし、身体が弱く遺棄されるという。
生体業者のずさんさが初めて明らかになる。
生体業者はセンター持ち込みができなくなり、遺棄、あるいは闇に葬り去るため、野良猫より数は多いとされている。
空前の猫ブームで、猫が犬を逆転する勢い。
共働き世帯が増え、散歩しなくてもいい気軽さが受ける。
生体業者は猫の繁殖に力を入れてくるとされる。
平日のほぼ毎日、日本のセンターでは殺処分が行われている。
年間何十万匹の命が強制的に断たれる。
種の保存が云々というのも、もちろん理解できる。
しかしながら、何十万の殺処分と種の保存と今現在、どちらが優先順位が上なんだろう?
先進国ドイツのように厳しい審査を通り抜けたブリーダーのみ負担のない繁殖ができるようにすべき。
消費者は一年待ちという。
動物に負担をかけず、安易に買わせないということだ。
日本では資格さえあれば、誰でも、どこでも、いつでも始められるブリーダー。
利益優先だから、産めよ、増やせよ、、になってしまうのだ。
純血種にこだわるのではなく、保護猫から迎えるという選択肢を、頭の片隅においてもらいたい。
殺処分当日朝、レスキューされたチョコ。
抱っこ買い、衝動買いではなく、愛あるクリスマスプレゼントを! !
杉本彩さんのブログにある、映像です。
無知ほど、怖いものはありません。
是非ご覧になってください。







