
2024年12月29日(日)
嫁さんの父親、お義父さんの家に
行ってきた時のことを
ちょっと。。。
まず、嫁さんの家族について
少し説明を。。。
お義父さんとお義母さんは嫁さんがまだ
学生の時に離婚をしてお義父さんは
再婚しました。
お義父さんは子供達のことを思い離婚を
したくなかったけどお義母さんが
お義父さんの会社で雇ってた
男性と会社を作るために
離婚をしたがって。
で、お義父さんはお義母さんと結婚する前に
一度、離婚をしていて、その連れ子が
嫁さんのお姉さんです。
つまり、自分から見たお義姉さんは嫁さんと
半分だけ血が繋がっています。
で、お義姉さんはお義父さん達が
離婚をする直前にお見合いを
させられて無理やり結婚を
させられました。
3人の子供が出来て全員、お医者さんに
なりましたが末の子の最終進路が
決まってすぐに離婚を
されました。
実は夫さん、アスペルガー症候群で
お義姉さん、色々と辛いことが
あったりしてでのことの
ようです。
自分はアスペルガー症候群って知った時
それでお義兄さんを遊びに誘った時
お義姉さんがそれを停めて
中止にしたんだと
思いました。
自分は、そういうのは気にしないので
気を使わなくてよかったのに一度
お義兄さんと遊びたかったな
って。
そして、お義姉さんはその後、
高校の同級生と再婚
しました。
その人の話は自分が結婚するころから
色んな人から聞いていたので恐らく
無理やり結婚させられなければ
その人と、最初に結婚していた
かと思います。
自分から見たらお義兄さんとなる人で
京大卒の超大企業の役員をやってる
人です。
嫁さんは結婚する時、家族の構成が複雑やけど
って気にしていましたが、別にいいやん
そんなのどこにでもあることって
嫁さんと結婚しました。
ここまでが説明です。
元々は1月1日の元旦が夜勤明けだったので
元旦にお義父さんの家に行く予定で
嫁さんに連絡をとってもらって
いました。
その時、嫁さんがお義父さんが介護入浴を
しているって話しました。
お義父さんは難病のパーキンソン病に
なっていて進行がかなり速いって
心配になりました。
するとお義父さんの奥さんからお義姉さんが
東京から12月28日、29日の2日間で
来るから、この日に来ないかって連絡が
嫁さんに来ました。
元旦に行った方がいいけどお義父さんの
状況を考えるとお義姉さん夫婦と
うちと2日に分けて出迎えるのは
お義父さん達、しんどいかも
知れない。
お義姉さん夫婦とも会えるし28日は自分が
日勤で行けないので休みの29日に
行くことにしました。
嫁さんがお義父さんがしんどいだろうから
2時間くらいいて早めに帰ろうって。
娘は受験勉強のため、行きませんでした。
お義父さんの家に到着するとお義父さん
立って歩いて挨拶してくれました。
弱弱しいけど立って歩いてるのを
見てほっとしました。
お義父さんの奥さん、お義兄さん
お義姉さんとも挨拶をしました。
そして仏壇にお年賀をそえて
手をあわせました。
そして、お義父さんに、
「介護入浴の話を聞き、パーキンソン病が
相当、進行していると思い心配して
いましたが立って歩いている姿を
見てほっとしました。」
って。
お義父さん微笑んで、
「立っているだけでも辛いねんけど
立ったり歩いたりせんとな。。。」
「そうですね。立って歩かないと
筋力が。。。」
「そうやねん。」
ピザーラのピザを注文してくれていて
お義姉さん夫婦が取りに行って
くれました。
お義姉さん夫婦とはコロナ禍になってから
会っていないので、それ以来の再会です。
コロナ禍でお義父さんの家にも2年半ほど
行かなかった時もあったりします。
本当、コロナがなければと思います。
ピザを食べながら娘が来ていないことについて
受験の話になりました。
お義父さんが手でピザを取って食べてる姿を
見て、またほっとしたりしました。
嫁さん、貧乏で家から通える国公立大学しか
行かせられないから娘、すごい
ピリピリしているって。
お義姉さん、一番上の姪っ子も受験の時
そんな感じだったって。
お義姉さん、
「センター試験の模試で思ったほど点数が
取れなかったら泣き叫ぶねん。こっちに
あたりちらしててん。」
「下の子達、試験の度にお姉ちゃんが
いい点数を取れますようにって
手を合わせてお祈りしててん。」
「えっ?!お医者さんになるほどやのに
あの大学に合格するほどやのに
そんな感じやったんですか?」
「そう。医学部は国公立じゃないと
とてもじゃないけど授業料が
払われへんから、それが
プレッシャーで。」
「私立だったら金で行ける医大が
ありましたね~。」
嫁さん、娘がなんで国公立しか行かれへんの
私立大学に行きたいって怒ってるって。
娘が私立大学に行きたがるのは校舎が
綺麗だからという理由。
その話をしていて、
「金がないって話じゃなく国公立大学と
私立大卒では全然違うねん。絶対
国公立大学の方がいいねん。」
「関西のトップの私立大学に行っても
他の私立大学に行くのと同じ。」
「私立でも慶応や早稲田、関東やったら
他の私立大学でも企業とパイプが強い
学校もあるから別やけど関西は
私立大学なんかどこ行っても
同じ。」
するとお義姉さん、
「そうそう、就職しても慶応出てたら
慶応の先輩の社員が、こっちに
来ないかって声をかけたり
あるって聞く。」
「学閥ってやつ。」
「学閥、そう!!」
これは自分も経験のあることで資本金だけなら
大企業の企業に勤めていた時、役員、部長
課長、支店長、営業所長の多くが
自分が卒業した学校の出身者。
そういった方々から声をかけてもらったり
仕事を助けてもらったり出世も
早かった。。。
話を聞いていてお義兄さんも、国公立大学の方が
いいって感じで話していました。
で、娘が他の子はたくさん受験するのに
って怒ってるって話になって、
お義姉さん、
「それは予備校が進めるから。うちは
予備校が勧めても国公立1本やから
無視してたけど。」
「でしょうね。予備校は合格すれば実績に
なりますもんね。何名、合格しましたって。」
「だいたい、どこの学校に合格できるかどこが
ボーダーかどこが落ちるかなんて本人が
受ける前に知ってるはず。」
「合格出来へんとこを受験するのは無意味やし
受かるところを何校も受けるのも無意味。
行くのは1校やから。」
「俺なんか第2次ベビーブームで高校で
全員、10校は受けろ調査書を10枚
書いてもらえっていわれたけど
7枚調査書を返した。」
「高校から母親に連絡が来て受験していわれて
受験料、1校3万もかかって10校受けたら
30万。受験で30万も使うんやったら
小遣いで10万くれって母親に
いったわ。」
娘、私立大学も受験する予定で
私立の本命を何校受けて
すべり止めを何校
受けるか悩んで
いました。
3者面談で先生にすべり止めは受けなくていい
っていわれたみたいだけど。
お義姉さん、
「受験料、高いよね。」
お義兄さん、
「私立大学は受験料で稼ぐから。」
「そう。4回生の時、教授に聞かれました
第2次ベビーブームが終わってから
受験生を増やす方法はないかって。
受験料は大きな資金源やねんって。」
「職場の人で子供が大阪の学区2位の高校から
阪大に合格して何校受けたか聞いたら
阪大と推薦入試だけで他の子も
そんな感じやでっていたけど。
○○○ちゃんらはどうでした?」
お義姉さん、
「うちの子供達も、全員、国公立だけで
私立大学のすべり止めはなし。」
「ですよね。なんで、あの高校、みんな
そんなにたくさん受けるんやろ。。。」
「やっぱり予備校が勧めるからちゃう。」
「子供が阪大入った人に予備校に行ってたか
聞いたら苦手なとこの短期講習を1回だけ
っていってました。。。」
娘の高校、娘もだけど、みんな予備校に
行ってる。。。
受験の話が終わって前に会った時、お義兄さん
仕事で1~3年の間、インドに出張するって
話してたけどコロナで、どうなったか
気になって聞いたら行っていて
面白い話を色々と聞きました。
カースト制は表向きはなくなってるように
なってるけどまだ根強く残っているって。
出身地と名前で、どのカーストかわかる
みたいって。
学校ではカースト制は4つと習ったけど
実際は細かく数千に及ぶって。
超満員の電車の話と本当にカレーばっかり
食べてるか聞くと本当にカレーばっかり
食べていて電車はぶら下がって乗ってる
人が落ちて1日に8人は死んでるけど
向こうの鉄道は1日に30人以上
死なないと事故にならないって。
あと火葬の話も聞きました。
色んなインドの面白い話を聞きました。
国際的な会議ではインド人を黙らせるのと
日本人を喋らせるのが難しいと
いわれているって。
お義父さんもインド人と仕事をしている人の
話を話してくれました。
そこから人口の話になって韓国と中国が
日本以上の少子化になってるって話に
なりました。
お義姉さん、
「中国も韓国も教育費が高いから。。。」
「教育費が高いのはアジア系の特徴かと。
欧州は無料なのに。。。」
お義父さん、
「君の父親はお墓、作ってるんか?」
「いえ、作っていないです。」
「わし、お墓作ったけど、入るのやめるから
君のお父さんに譲ろうか?」
「それは、けっこうです。父親も色々と
考えていると思いますので。それより
お墓を譲るって、お義父さんは
どうするんですか?」
「わしの骨は、どっかに撒いてくれたらいい。
以前、生駒に墓を作っててんけど生駒やったら
誰も墓参り出来へんと思って、この辺に
作ってんけど子供は女ばっかりやし
お参りするの大変やと思ってな。」
「うちも甥っ子がいるから墓は続くかもですが
分家で本家筋は従兄妹に子供がいないから
途切れます。母方は永代供養にしたので
両親も、そうするのではないかと。」
奥さん、
「墓じまいするところ多いみたいやで。」
みんなで東京のビルの中にあるお墓の話とか
色々としました。
他にも色々と話しました。
お義父さん、娘にお年玉をくれました。
「あっ。。。そういえば、もう正月ですね。
新年の挨拶の代わりで来たのをすっかり
忘れてました。」
そしてお義姉さん夫婦が帰る時間が近づき
自分達が先に帰ることにしました。
お義父さんに、
「元気でいて下さい。パーキンソン病なのに
元気でって変かも知れないですが
いつまでも元気で。。。
良いお年を。」
そういって帰りました。
2時間で帰るつもりが話が弾み4時間半以上も
お義父さんの家にいました。
すごく楽しかったです。
実は娘の分もピザを買ってくれていまして
娘、すごい喜んでいました。
またお彼岸、あるいはお盆に行こうと
思っています。
お義父さん、元気でいてほしいです。
自分の両親も。。。
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