このテーマは、お母さんの

肺がん闘病記がメインです。

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7月14日

 

たった一週間前にホスピスに転院した

お母さんがこの世にいないなんて。

 

6月20日の再入院から

お葬式までバタバタし通しだった。

看病疲れのある中の葬儀。

哀しみを感じさせないためとかって

よく聞くけど、その通りなのかもしれない。

 

でも葬儀が終わると

感覚が麻痺して何をしたらいいのか

分からなかった。

 

私は、とにかく保険の請求に

全精力を注いでいた。

なぜだかわからないけど、

何かせずにはいられなかったのだろう。

 

葬儀は親族葬にしたため、

親戚から話を聞いたという近所の方が

早速お悔みに来てくださった。

 

できればしばらくそっとしておいてほしかった。

 

7月19日ごろ町内に訃報を知らせたので、

その後も弔問に来てくださる方の応対が続く。

 

しんどい時は父に任せて居留守を使った。

 

病院に診断書作成を依頼に行ったり、

ホスピスに入院費を払いに行ったり、

お母さんを思い出す場面は色々あったけど、

私はお母さんに話しかけることはできなかった。

 

おはよう、おやすみ、くらいしか言えなかった。

 

体調が悪くならないか心配しながらの日々。

四十九日が近付く。

時々お母さんに甘えたい気持ちがでて、

号泣したりしながら気持ちを落ち着かせた。

 

父方、母方の伯母、叔母に手伝ってもらいながら、

仏壇をちゃんとしつらえて、

無事に四十九日の法要を終えた。

 

幸いにも私の体調は良くなることはなくても、

悪くなることもなかった。

 

お母さんが見守ってくれてるから。

って周囲は言うけど、

私はあまりピン来てなかった。

(お母さんごめん。)

 

でも、やっぱりお母さんのお陰で

乗越えられたのだろう。

振り返るとそう思う。


百ヶ日の記事はこちら。