このテーマは、お母さんの
肺がん闘病記がメインです。
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7月4日、ホスピスの診察の時、
まだ、今の病院での治療を
諦めていないことを伝えた。
そして、治療は今の病院で、
療養はホスピス、というのは
可能か聞いたら可能だった。
7月4日の夜。
誰かが付き添えるホスピスに、
一旦転院させようと家族で話した。
夜中に汗をぐっしょりかいても、
着替えられない、
動作が緩慢でベッドサイドの
冷蔵庫から物を出すことすら
できない。
あと夜中に悪夢を見ていること、
相当な痛みに耐えていること、
精神的な負担を減らしたい。
家族の願い。
翌7月5日に、お父さんがお母さんの
意思を確認して、主治医に転院の
希望を伝える。
そして、やっとこの日から
オプソ(モルヒネ)を処方してもらえた。
昼間よく寝られるらしい。
私も自宅からホスピスに電話して
転院させてもらえないか聞いた。
入院中の病院と調整しますと
言ってくださる。
ただ、空いているのは差額料がいる
部屋になると言われた。
そんなことは構っていられない。
とにかく転院の方向で話を
進めてもらうことに。
その日のうちに、7月7日に
転院できると知らせがあった。
良かった!
第二希望のホスピスの診察の
予約は取り消してもらった。
寝台車の手配、
携帯酸素の手配など、
諸々の手続きを依頼した。
お母さん、辛い夜は
今日と明日だけだから。
頑張ってと祈るように言った。
お母さんは、5日の夜も
6日の夜も痛みに耐えていたみたい。
早朝に「誰か来て!身の置き所がない」
というメールを送って来た。
お父さんと妹が病院に駆けつけてくれた。
ノンアルコールのシャルドネが
飲みたいとリクエストあり。
持っていくと美味しそうに飲んで、
不良患者や、
と、また毒を吐いていた。