(智)

 

それほど長く観光ビザでは滞在ができないと

 

思っていたところに

 

思ってもみない申し出があった。

 

それは・・・

 

音楽留学の話だった。

 

俺と和の路上ライブを録音してくれた人が

 

動画サイトに投稿してくれて

 

さらには・・・

 

音楽界の先生方にも届いた。

 

このままでも音楽を奏でながら生きていける。

 

だけど

 

もっと洗練された音を出せるようになると

 

諦めずに何度も俺たちを説得してくれたのは

 

他ならぬ和の父親だった・・・

 

 

 

和父「楽器はなんでもいいんだ。

 

バイオリンでもチェロでもピアノでも。

 

楽器は心で弾くものだ。

 

それを既に知っているだろう?」

 

和の母親をパイプに、俺の休学中の大学とも

 

単位のことなど連携がとれた。

 

全てが整って・・・

 

日本の俺の両親からも援助を得た。

 

俺と和は九月から

 

パリにある音楽大学に揃って通うことになった。