ここからな上町台地が見えたんや | トンちゃんの芽吹きやなぎ

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私(トンちゃん)時々知的障害者の息子、愛猫うめ(梅)、さくらの話などをエッセイっ風に書いています。

私の父は、昭和9年生まれ、大阪育ちの人でした。

 

私は父のことを、お父ちゃんと呼んでいました。

 

お父ちゃんは学校を卒業すると、コクヨに勤めました。

 

昭和34年、愛媛県出身のお母ちゃんと見合い結婚をしました。

 

昭和37年に私が生まれました。

 

私はすくすくと育ちました?

 

私は学生時代はお父ちゃんのお陰で、

 

ノートには不自由しませんでした。

 

真面目が取り柄のお父ちゃんでした。

 

そして、72歳で亡くなりました。

 

毎年、終戦の日がやってくると…。

 

美代子、ここからな上町台地が見えたんや

 

この言葉を思い出します。

 

実家から、上町台地など見えません。

 

大阪も大空襲に遭って、父は疎開する身内もありませんでした。

 

終戦の日…。

 

11歳のお父ちゃんは、どんな気持ちで眺めていたのかと思うと

 

今でも涙が自然にこぼれてくるのです。

 

お父ちゃんは、戦時中の話はしない人でした。

 

しかし、終戦の日の話は、毎年同じ話をしました。

 

ここらな、上町台地が見えたんや。