実家と断絶してはや4年・・・
私的には次に親に会うのがお別れの時でもまぁしゃあないか、ぐらいの気持ちやったわけですが。
細々と繋がっていた弟から連絡があり(弟とは別に仲は悪くはない)、重い腰を上げて久々に実家へ。
弟は実家の一室で仕事をしてるから、ほぼ毎日親と顔を合わせてるのよね。
で、だいぶ端折って言うと母(82歳)に痴ほうの症状がみられるので、ちょっと様子を見に来て欲しいってことで。
4年前最後に会った時はそこそこの喧嘩別れやったので若干気持ちは重かったけども、「これも数秘9の流れよなぁ」という気分で行ってきたわけ。
そうすると、確かに痴ほうっぽい感じを醸し出してた母はなんと喧嘩別れのことをすっかり忘れていた。
この母は6-1-1の人で、昔から1味がめちゃくちゃ強かった。
養父(母の再婚相手)は7-8-8の人で、まぁ昭和の男であるからかそこそこ男尊女卑な人。
それでこの二人は毎日のように喧嘩、それも大声で罵倒し合うような。
なんで別れへんのかな?とずっと思ってたけど、数秘を知った今感じるのは8味の強い養父は「壊れている母+連れ子二人」を見捨てることがでけんかったんやろね。
弟はというと7-9-9の人で、口数も少なく結構暗いタイプw
そういう勝気な夫婦と大人しい弟という固まりに対し、5の私は家で一人だけ異質やったんよね。
元々母は弟を溺愛してたし、母の再婚時、弟はまだ小さかったから養父も弟を可愛がってたってこともあり、余計私だけはみごw
実家暮らし当時は、全然家に居場所がなくて辛かったなぁ(だから家に帰らなくなってグレた)。
で、よ。
今回、久々に実家に行ったら養父でさえも歓待ムードで肩透かしやったけども、自分でも自分がこの家族とその「家」に対して「風」である感じがすごくした。
4年前、まだ私は数秘を齧り始めたぐらいやったけど、今の私からすればあの家の「空気の停滞感」の重さがめっちゃわかった。
別に家そのものは一見掃除もされていてそこまで酷くはないけども(老人の家らしくごちゃごちゃと物は多いが)、とにかく大変「氣」が重い。
多分、ずっとそこにいる人たちはあまり自覚がないんやろう。
なんとなく、ここでもささやかな伏線回収を感じたというか。
この家族の中での私の異質さがここに来て、多少の「救い」になるんか、という気分。
「救い」というのはちょっと傲慢かもしれんけど、少なくとも「そこに多少なりとも風を通す存在」ではあるんやろな、と。
自分でも自分の存在が家の中で「風」なのを感じたんよ。
自分が「氣」をかき混ぜているのを感じた。
あとはさ、感情の糸がこんがらがった肉親に対して数字を客観視するのは案外ハードルが高くて私も時間がかかったけど、ようやくそれができるようになってきたな、とも感じた。
今では1味の強すぎた母が自分でも自分を持て余していたであろうことや、何を求めていたか(自分の頑張りを認めて欲しかった)もわかる気がして。
母は確かに頑張った。
でも「私は頑張ってる」と自分で言い過ぎた。
それは時には「私だけが頑張ってる」「私のおかげで」が強すぎて「あんたたちは何も頑張ってないよね?!」になり、他の家族は感謝する前にうんざりしてしまった。
これも6と1の組み合わせのなせる業か、と思うけども。
もう少し「黙って」頑張っていれば、私たちにも感謝を伝える「間合い」があったかもしれないのに。
私の目には、良くない方向に数字のキャラを出し過ぎた人の典型として映る母。
今後は多少関りが増えていくだろうから、数秘を知った今の私にできることを、どこまで受け取ってくれるかわからんけどやってみようかな、という気分ではあるのよね。
私は「環境が許す」という話をすることがあるけども、その角度で言えばまだ母が存命であるという今の状態は「環境が」多少の関係修復を「許している」のかもしれないなと思う。
未来数が9でパーソナルイヤーナンバーもまだ9の中に居る私にとって(しかも過去数が4)、母との関係に何らかの形で片をつける必要があるんやろな~としみじみ感じてるわけですよ。
未来数や過去数を見ることで、こういう家族のしがらみにまつわるあれこれも見えてきたりするんですよねぇ。
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