スマホで描いた落書きで自分の部屋着のTシャツ作ろうと思ってる
さて今日もまた?数字とは関係ない話で恐縮です。
陰謀業界などで言われている7月が近づいているからかそれとも単に私のバイオリズムの問題か、最近なんとなく嫌な感じの夢を見ることが多いん。
私はかなり「夢」を重要視してるのよね。
最近の夢はシチュエーションは様々やけど、起きて「嫌な感じ」が残るのは共通。
先日の夢は少し風合いが違っててちょっと「ドッペルゲンガー」っぽかった。
夢の中で私は自室のベッドで寝てる。
リビングで物音が聞こえてきて「旦那はんかな?」と思ったら、猫の名を呼ぶ自分の声が聞こえてきた。
それが自分の声とわかってゾッとした。
それだけの夢やけど。
もう一人の自分がすぐそばにいる時ってゾッとするんやね。
もう一つの夢はつい2~3日前のもの。
これも場所は自分の今の家で。
玄関で物音がするから行ってみるとそこにはなぜか「旦那はん」の設定の元夫(もう30年以上前に別れた)が、両脇を黒い人影に抱えられてなぜか顔がパンパンに腫れていて「もう一回行って来る。お前は近づくな」と言ってくる。
私は両脇の黒い人影を「元居た場所に返さなければ」と思っている。
私の両方の掌からは「やっつける(戦う)」何かではなく、「元居た場所に返す」何かが出るのを知っている。それを使って。
・・・という夢やった。
実のところ、自分の掌から「何かが出る」はもう若い頃からずっと感じていることで、しかもそれは「元居た場所(在るべき場所)に戻す力」だと思ってる。
今でもそれについて小説に書きたいと思ってるけど、物語の世界観が大きくなりすぎて手に負えなくなってるw
こうして書いててわかったというか思い出したけど、やっぱり私が「知りたい」のはレイキとかじゃないな。
人を癒したいわけでもないし。
レイキもまた氣の使い方のひとつやろけど、私が知りたいのは別のもの。
人は誰しも氣に関するなんらかの力を持ってるのではないか?
みんな忘れてしまってるけどそれぞれの「個性」として別々の種類の氣の力を。
癒す、戦う、守る、治す、動かす、なんでも。
結局のところ、異世界物や超能力的なストーリーのマンガが流行るのも、みんなの中のそのあたりの部分が活性化されてきてる証でしょう?みたいな気分も強まってるんよね。
多分、そういうことは共通意識の中でリンクしてる。
なんて思ったりして。
で、話は戻って。
夢の中身は結構「個人的」でも、それは世界全体の雰囲気が見させてるものなんじゃないか、とも思ってる。
多分「何かがおかしい」ことを感じてる人は多い。でも「何が」おかしいのかはっきりわからない。
それは私も同じ。
微妙に音程のズレた歌を聞く時みたいなちょっとゾワゾワする感覚があるけど、理由はわからない。
理由がわからないからこれを消す方法もわからない。
なのでそこに必要以上に着目せず、目の前のことを淡々とこなしてその中に喜びを見つけていくしかない。
極論、世界がどうなろうとも自分が呼吸して体がここにある間は生きるしかないので。
私には自分で自分を終わらせる選択肢はないから。
最後にちょっとだけ数字の話をするなら、今年はユニバーサルイヤーナンバーが9、私のパーソナルイヤーナンバーも9、そして私の未来数は9
999
こんだけ9を並べてどうしろと?
みたいな気分ではあるよw
審判が下されるのか私自身が下すのか。
何を見せてくれるの?という気分でもあるし、さぁどうしてやろうか?という気分でもある。
こういうときでもワクワクできるのは5の特権かな?
だとしたら5を選んできて良かった。
なんて思うこの頃ですわい。
