夢(眠ってるときに見る方の)については、それなりの思い入れがあるん。
子供の頃から「一日の内半分以上眠ってそのときにいつも同じような夢をみるなら、夢と起きてる時とどっちが『現実』かはわからんよな」なんてずっと考えてたせいもあって。
だから10代の早い時期から夢については考察してたん。
その結果、私なりの結論は「夢に出てくる象徴的な事物そのものに意味はあんまりない。でもその夢の手触りみたいなものは大事」ということ。
事物が意味するものは当人が普段その事物に対してどう感じているかで違うから、一般化できないというのが私の結論。
普段「黒猫=不吉」と思ってる人と黒猫飼ってて「黒猫=愛くるしい」と思ってる人では、夢の中に出てくる「黒猫」が象徴する意味は全然違って当たり前やと思うので。
もちろん定説通りに事物に意味がある場合もある。
そのあたりは見極めが感覚的なので、ひとさまの夢については尋ねられて詳しく聞けるとき以外コメントはしないんやけど。
最近は夢日記もずっと休んでいるし、明け方に夢の内容を反芻することも少ないんやけども、今朝がたの夢は久々にがっつり反芻した。
大晦日の夢を見たん。
夢占い的にいえば大晦日の夢は「何かが切り替わる時」によく見るタイプのもの。
そして今回の夢の手触りはあまりハッピーではなかった。
ひとことで言うならば、寂しくて心細かった。
夢の内容としては、大晦日に仕事場の人らしき大人数の人と騒いだ後、みんなは二次会に流れて私は「彼氏(実際の元カレ)」に会いに行こうとしている。
私は事前に「何時にどこどこね」みたいなメールを彼に送っていてそこに向かうつもりなんやけど、彼からの返信が届いていない。
なんとか彼と連絡がついたら、「もう俺らは恋人ではないし、そんな一方的に約束されても行けないよ」と優しく諭される。
私は「そうやった。もう私らは友だちで、一方的に私がわがままを言える関係性ではなかった」と寂しくなる。
それで、「だったら私も二次会に行こうか」と一瞬思うけど、もう賑やかな場所に行く気分でもなくとぼとぼと帰ろうとしたら、自分がスカートをはいてないことに気づく。
・・・みたいな夢。
最後のスカートのくだりなんなん?! って感じやけどw
多分、自分で思ってる以上に私は自分の「女性性」について考えてるんやろね。
老化は自然なことであるし、オバハンになって楽になったこともたくさんあるし、表面上は自分の中の女性性が薄れていくことに未練はないというか「だってしゃあないやん」みたいな気持ちでいるけど、本音のところはまだまだ「綺麗でいたい」とか「女でいたい」気持ちが潜んでいるんやろう。
先日も整理をしていたら古い写真が出てきて、なんだか懐かしいやら過去の栄光的眩さやら感じてベッドのわきにそのまま飾ってるん。
20代の頃の私(左)と仮装中のY(右)
勝手に写真を出して怒ってるかな(;^ω^)
なんていうか「若い!」というだけでなく「顔の輪郭クッキリしてる・・・」とかさ「髪の毛に艶ある・・・」とかさw
もちろん「細い・・・!!!」とかさwww
前髪のクセが強いのは相変わらずで鼻が丸いのも相変わらずでまぶたが腫れぼったいのも相変わらずやけども、「なかなかいいで!」と今の自分から写真の頃の自分に言ってやりたい気分。
当時はコンプレックスがいっぱいやったから。
今は随分スルーできるようになってて、そういうのがオバハンになって良かったことやと思ってる。
いま現在の自分としては割りと仕事というか、今後の自分の糧を得る生業についてばかり考えてるつもりなんやけども、案外もっとパーソナルで内向きな「自分の女性性」というものときちんと向き合った方がいいのかもね~と思ったんよ。
また動画でも話したいテーマなんやけども「ほんまは・・・」と枕詞をつける暮らしぶりは変えていきたいんよ。
「ほんまは〇〇したい」とか「ほんまは△△するはずやったんやけど」とか。
それが「ほんま」ならやればよろしい。
「ほんまは」と口にするその裏に自分的な言い訳がずらずらと連なってる感じが、私自身のことに関して言えばとても気持ちが悪い。
というかカッコ悪いと感じてる。
くだんの20代の頃の写真についても同じかもしれん。
「ほんまは輪郭がくっきりしてるタイプやったのに」みたいな気持ちがあるなら、がんばって輪郭を発掘しろ、と。
いや、まさにもう今からやと立派な「発掘作業」なんやけども。
ちょっとやそっとのマッサージなんかじゃ輪郭は見つからないであろう、というレベルw
などと言いつつ、こういうメッセージは大切にしていこうと考えてるこの頃なので、ちょっとここ数年目を逸らしていた自分の女性性というモノにきちんと向き合っていこうと思う次第であります。
