木蓮のいとおかし日記 名古屋お寺編
中村区(名古屋駅も中村区) 中村公園東 パワースポットの太閤殿下のうぶ湯のある
常泉寺です

太閤山 常泉寺




この 秀吉さまの銅像も 戦時中
鉄の供出で 軍に とられちゃったとか
鉄砲玉に されちゃった😭
まじ ありえんわ
しかし 昭和63年に 寄進され 復活


パワースポットの 太閤殿下の産湯井戸です

此の井戸は秀吉公生誕の当時近郷に類のない清水の溢れる井戸と伝えられております。此処に秀吉の依頼によって寺を建立した時この清泉の涌出を意味として常泉寺の寺号を定めたと当山の縁起書に記されております。昭和40年代に入り市の発展に伴い地下水の変動で常泉も枯れるに至り多くの人々が元の姿に戻すことを願っておりました。年号改元を機に常泉寺の名のとおりの再現を試み清泉が甦りました。滝に落下する後の石は千成瓢箪にちなんで〔萬成石〕が使用してあります。

読めんし


開運のした
生木に豊太閤 産湯の井戸とかいてあります

瓢箪も見える


中のぞくと 秀吉さまが
おおー

たまたま ご住職が 不在でした
おっくりさまが 案内してくれた

瓢箪から インテリアライトを
熱心な 檀家さんが 作り
開運間違いなし


太閤秀吉さまの 木像
大阪城から 加藤清正さまが お譲り頂いて 安置したそうな
しかし 豊臣政権がたおれ 清正亡きあと 焼き討ちにあったとか
当時の住職が 担いでにげたそうな
ときは ながれ
徳川さんの世には なかなか寺として 許されず 苦労の連続


ところが 昭和58年4月に 放火され
お厨子に はいっていた 木像も 真っ黒に
このことを ききつけた 京都美術院が 修復作業を行い 復元しました
さすが 京都技術
こちらの黒が 焼ける前の写真

こちらが 修復後
修復作業のとき 秀吉さまの声がきこえたそうな
くらいところは 嫌じゃと
だから お厨子に いれるのは やめたほうが良いと お言葉を いただき
いまは 内陣にて 公開中
そりゃ 人たらしの太閤さま
人と 会うのが大好きだよね
なんか 以前より穏やかな顔つきになってきたようで 太閤殿下よろこんでいるわ

もっと 名古屋市も こういう歴史的遺産を いかして もちろん いろんな補助 文化財指定したりして
消防や 警備の補助をして もっと太閤殿下を もりたてて ほしいな~
とりあえず 地下鉄中村公園やめて
地下鉄 豊国神社前とでも 駅名代えてほしいわ😆
そして メディアも もっと こっちも 紹介しようよ🎵

こちらは ご本尊
日蓮上人だそうです

鬼子母神さま

ありがたく 通常御朱印いただきました
もっと いろんな 御朱印わんさかあります

広く門戸あけています
御参拝の方は 声かけてくれれば
可能な限り お寺のかたがご案内していただけるそうです


太閤殿下 ようきたな

また おいでと 呼んでくれたきがしました
またきますね
今回 1番の 発見探索でした
タイムアップで 清正公生誕地の隣のお寺 妙行寺に 寄れなかったから
また 中村公園に こなくちゃ

お寺さままたおいでと
駐車場は うちに おけばいいよ~と
そりゃ たくさんの種類の御朱印あるから いただきにきます


たのしかったまた きまーす
