それから息子は
何ヶ月か休んでは 少し学校へ行きました
私は息子の発言や行動をネットで検索
夜な夜な続きました
すると…
「発達障害」のワードがくどい程出て来ます
「発達障害」をググりました
「何…これ…?」
「まるで…息子じゃないの…?」
幼少期からのエピソード
学校での息子…
当てはまらない事もありましたが
「ほとんど」当てはまっていました
ちょうど担任と学年主任とが家庭訪問に来た時に私は今「発達障害」ではないか?と
思っていると伝えました
すると
「まあ…グレーって所じゃない?」
「甘えも見えるしねー」
と 顔を見合いながら そう言われました
「お母さん 考え過ぎでは??」
この言葉も突き刺さりました
私…考え過ぎなのかな?
「発達障害」を診ている病院も調べてありましたが
私は「先生たちが 違うと言うんなら…」と
予約を入れませんでした
これが 私の「過ち」です
ますます 息子を苦しめる結果となります
元夫さんが病気をしてから
私は働かなければいけません
息子はみるみる…
「痩せて」行きました
気が付くと 用意したお昼ご飯も
食べなくなりました
発達障害はとても分かりにくく
他人様から見れば
「普通」に見えます
知的障害を伴わない場合は
余計「普通」に見えるでしょう
私が母親で
息子を日々見ているのに…
病院の予約をしなかった
ここから 息子はこんがらがる気持ちを
「暴力」「暴言」で訴えて来るようになりました
話は長いと5時間にも及び
聞きたくない幼稚な言葉をずっと言い続けました
「お母さんが話聞いてくれないなら 妹殺す!!!」
私の顎は痺れるようになり
指先は震えるようになり
早朝覚醒 何度も起きてしまうようになりました
「助けて」
「どうしたら息子を理解出来るの?」
「助けて下さい」
息子は普段 大人しく優しい子供
暴力 暴言を吐く息子が
「一番」苦しんでいる事は痛い程分かりました
泣きながら 泣きながら
訴えてくる
「お母さん 助けて」
私には そうにしか聞こえませんでした
私が壊れてはいけない…
私は壊れてはいけない…
何とか ポジティブ思考にならなければ…
自律神経がもはや乱れていました
何ヶ月か休んでは 少し学校へ行きました
私は息子の発言や行動をネットで検索
夜な夜な続きました
すると…
「発達障害」のワードがくどい程出て来ます
「発達障害」をググりました
「何…これ…?」
「まるで…息子じゃないの…?」
幼少期からのエピソード
学校での息子…
当てはまらない事もありましたが
「ほとんど」当てはまっていました
ちょうど担任と学年主任とが家庭訪問に来た時に私は今「発達障害」ではないか?と
思っていると伝えました
すると
「まあ…グレーって所じゃない?」
「甘えも見えるしねー」
と 顔を見合いながら そう言われました
「お母さん 考え過ぎでは??」
この言葉も突き刺さりました
私…考え過ぎなのかな?
「発達障害」を診ている病院も調べてありましたが
私は「先生たちが 違うと言うんなら…」と
予約を入れませんでした
これが 私の「過ち」です
ますます 息子を苦しめる結果となります
元夫さんが病気をしてから
私は働かなければいけません
息子はみるみる…
「痩せて」行きました
気が付くと 用意したお昼ご飯も
食べなくなりました
発達障害はとても分かりにくく
他人様から見れば
「普通」に見えます
知的障害を伴わない場合は
余計「普通」に見えるでしょう
私が母親で
息子を日々見ているのに…
病院の予約をしなかった
ここから 息子はこんがらがる気持ちを
「暴力」「暴言」で訴えて来るようになりました
話は長いと5時間にも及び
聞きたくない幼稚な言葉をずっと言い続けました
「お母さんが話聞いてくれないなら 妹殺す!!!」
私の顎は痺れるようになり
指先は震えるようになり
早朝覚醒 何度も起きてしまうようになりました
「助けて」
「どうしたら息子を理解出来るの?」
「助けて下さい」
息子は普段 大人しく優しい子供
暴力 暴言を吐く息子が
「一番」苦しんでいる事は痛い程分かりました
泣きながら 泣きながら
訴えてくる
「お母さん 助けて」
私には そうにしか聞こえませんでした
私が壊れてはいけない…
私は壊れてはいけない…
何とか ポジティブ思考にならなければ…
自律神経がもはや乱れていました