★セイジ・オザワ・松本フェスティバルに感動!!! | 「私はなんの為に生きているんだろう(涙)」と思っている人ほど、実は人や地球の為になれるんです!!!

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今日は、明日からの講座に備えて、松本入り。

 

いつもより早く着いたので、最近運動が足りてないため、ウォーキングに出ました💨

 

どこを歩こうかな〜と赴くままに、とりあえずメディアガーデンに行き、North Faceにてウォーキング用のスカートを探したり、一階のカフェにあるジェラートがあまりにも美味しそうだったので食べてみたり、とウォーキングには程遠いぶらぶら街歩き🐾

 

 

まぁ、そんなこんなで、どこへ行くともなく更にフラフラ歩いていたら、松本城🏯に到着🎵

 

そうだ✨お城の中って歩きやすい❣️

 

ということで、中に入ろうとすると、何やら、パイプ椅子が並んでいて、大きなスクリーンが設置されていました✨

 

むむっ⁉️

 

『セイジ・オザワ・松本フェスティバル スクリーン・コンサート』!?

ぇえええええ!?!?!もしかして、今日の演奏会見れるの!?

 

しかも、驚いたのが内容!

なんと、今年でこのフェスティバルは、30年を迎えるとのこと✨

しかも、指揮はシャルル・デュトワさん💕

 

シャルル・デュトワさんは、私がクラシックを本当の意味で興味を持つきっかけになった指揮者なのです。

音に色彩を感じさせ、音楽で心のスクリーンに美しい映像を映し出してくれる、稀有な指揮者なのです❣️

 

まさか、生で拝聴する機会ができるとは!?

 

更に、シャルル・デュトワさんのお得意のドビュッシーやストラヴィンスキーの曲を演奏するでは無いですか!?

 

\(^ω^)/

 

ということで、生放送をスクリーンで鑑賞する形ではあるけれど、松本城をバックに、素晴らしい音響設備で鑑賞できるということで、これも何かのご縁だろうと、しっかりと鑑賞することにしました。

 

まず、演奏の前に、『セイジ・オザワ・松本フェスティバル』30年の歩みと松本市の紹介の映像が放映されました。

↑こちら、ほんの一部なのですが、

もぉ、この時点で、号泣しそうなくらいでした。

いつもお世話になっている松本文化センターの建設中の様子や、

特急あずさの昔の車両から、まだ若々しい小澤征爾が降り立つシーンなど。

更には、これまでの演奏の素晴らしい情熱のほとばしる演奏の数々。。。

 

小澤征爾さんの生きてきた軌跡が素晴らしすぎて尊くて、泣きそうになったけど、今泣いたら、最後まで鑑賞できないと思い、ぐっと堪えました。

 

そして、演奏が始まりました。

最初の曲は、武満徹さんが、このフェスティバルのために作曲されたという「セレモニアル」。

雅楽の楽器「笙」の演奏から始める曲でした。

「笙」の音色は、太陽から降り注ぐシャンパンゴールドの光のシャワーを彷彿とさせます。

この太陽から降り注ぐシャンパンゴールドの光のシャワーは、この地球上の万物を生み育むエネルギーなのです。

日本ならではの楽器です。

 

そして、次はドビュッシーの「管楽器のための《映像》」

シャルル・デュトワさんのお得意の色彩を音で表現するのにぴったりな楽曲です。

とても映像的な表現で、素晴らしかったです。

 

そして、3曲目は、ストラヴィンスキーの「春の祭典」

こちらも、シャルル・デュトワさんのお得意の色彩を音で表現する楽曲ではありますが、なんだか、とっても小澤征爾さんの音に思えました。

一音一音が的確で力強く潔く、とてもリズミカルで迫力があるのです。

シャルル・デュトワさんのような繊細な表現とは全く違う。

やはり、サイトウキネンオーケストラは、小澤征爾さんが育ててきたから、小澤征爾さんの音を表現するのかな?と最初はそんな感じで聞いていたのですが、

だんだんと、小澤征爾さんがシャルル・デュトワさんに乗り移って奏でているように感じ始め、

だんだんと、小澤征爾さんをとっても身近に感じたのでした。

 

もしかして、小澤征爾さん、今日のコンサートの指揮は取ってないけど、松本にきて、練習の指導はされていたのかな?と思いました。

・・・ということは、もしかしたら、舞台袖におられるのでは!?と。

 

そんなことを感じながら、素晴らしい至高の完璧な演奏、大成功でコンサートが終わりました。

素晴らしくて素晴らしくて、会場の皆様興奮して、スクリーンの前ではありますが、誰も帰ろうとしていない。コンサートホールの方も、大拍手❣️

 

ブラボー❣️ブラボー❣️

なんて素晴らしいのだろう❣️❣️

音楽バンザーイ❣️❣️❣️

って感じで、余韻に浸っていたら、楽団員も共に、自分たちの演奏を称え合い、ひとしきり称え合うと舞台袖に去って行きました。

それでも、拍手は鳴り止まないため、誰もいなくなった酢レージに、シャルル・デュトワさんが最後お一人で挨拶に出てこられました。そのお姿に再び感動してしまいました。

観客に感謝する温かな真心を感じ、感動。。。

そして、流石にもう帰らないと会場のスタッフさんに迷惑かな?と思ったのですが、まだ余韻に浸って痛くて拍手を続けていたら、お孫さんに手を引かれて小澤征爾さんが拍手をしながら登場されました。。。

本当は、指揮を執りたかったでしょう。。。

舞台袖で、固唾を飲んで見守っていたに違いないです。

きっと、車椅子姿を皆様にさらけ出したくはなかったことと思います。

でも、自分が育てたオーケストラの素晴らしい演奏と、観客の皆様の厚い思いに推されて、自分の姿を見せることで、皆様が喜んでくれるならばと、登場してくださったのだと思います。

 

なんて、素晴らしいのでしょう。。。。

 

精一杯拍手をして、今日のコンサートを全力で讃えようとするお姿に、心撃たれました。

 

ここまで来られるのに、どれだけのご苦労があったのでしょうか。。。

昔、小澤征爾さん幼少期から青年期までの人生を描いたドラマを見たことがあって、とても興味深かったのですが、それがどこまで本当かはわからないものの、それも思い出し、感動につぐ感動。。。

 

ピアニストを目指し、家族一丸となって協力しあって才能を育てていたものの、高校時代にラグビーにハマり、熱血でプレーしまくっていたら、指を怪我してしまい、ピアニストは諦めなければならなかったこと。

そこから、指揮者としての人生が始まったのでした。

 

小澤征爾さんの才能は、ピアニストということよりも、人並み外れたコミュニケーション能力、人の才能を伸ばす教育者としての能力、それらを考えると、一ピアニストとして生きるより、指揮者の道は、小澤征爾さんの持てる才能を余す来なく表現できる手段だったんだなと思います。

 

確か、指揮者に導いてくださったのが、サイトウキネン・オーケストラを作られた斎藤先生だったと思います。

 

そのご恩返しをしたいということで、小澤征爾が立ち上げたのが、

『サイトウキネンフェスティバル』現在の『セイジ・オザワ・松本フェスティバル』だったのでした。

 

自分を育ててくれた恩師への感謝の思いから、恩師が志していた「世界に通用する音楽家を日本かた排出する」という使命を引き継ぎ、日本のみならず、世界中の音楽家を育てることになった小澤征爾。

 

今日のコンサートには、世界中から、ベテランも若い音楽家も様々に集まって、心一つにして一糸乱れぬ演奏を繰り広げてくださいました。

 

 

ブラボー\(*^◯^*)/ブラボー\(*^◯^*)/ブラボー\(*^◯^*)/

 

日本の音楽も、世界の音楽も、小澤征爾さんの弛まぬ努力で恐ろしいほど進化しました。

 

なんとも、素晴らしいことです。

 

そんな素晴らしい小澤征爾さんの音楽に触れることができ、とても意義深いひと時となりました。

 

ありがとうございました。