よく、
「幸せになりたい」
「お幸せに」
「幸せだな~」
とか、とか、、、
何気なく遣っている言葉の中に、
不思議なことがたくさん潜んでいます。
よく考えると、その、みんなが言う ”幸せ” とはなんなんだ?
と思うことがあります。
でも、人は皆、「幸せになりたい」と思ってます。
みんな、幸せになるために日々、生きています。
そもそも、幸せって、なんなんでしょうか?
幸せになりたい気持ちはわかるけど、
幸せじゃないとなにかいけないのでしょうか?
幸せの捉え方が、人によって千差万別だし、これを言い出したらきりがないので、
とりあえずは、それはそれでいいとして、
今日は、
幸せになる必要があるのか?
ということを考えました。
そもそも、生まれて間もない時からの記憶がある私が、
生まれたての頃、一番に強く思っていたのは、
ワタシは、なんて幸せなんだっ!
あったかい家族に囲まれて、嬉しい!楽しい!大好き!
家族の愛に満たされ、この世の空間の全てが心地よい愛の空気の海に浮かぶ、ベビーベッドというゆりかごの上に、ポツンと自分がいて、ふわふわ、ゆらゆらと優しくあたたかく揺られながら感じていたのは、「幸せになりたい」ではなく、既にこの世が、愛と幸せに満ち満ちていることへの歓喜の思いだけでした。
とにかく嬉しくて嬉しくてたまらない。
幸せで幸せで堪らないのです。
そして、今、この世に生まれ生きていること事態がとても幸せなことなのに、それを忘れて、小さな悲しみを拾い集め、暗くうつむいて生きている人に「今のあなたは幸せの中にいるんだょ」と伝えたかった。
よく、誰か知らない人が私を見ると、「なにこの子、どうしてこんなに笑ってるの!なんつま~めんこいごだ!」と言われ、たくさんの人に可愛がって貰っていましたが、大人になり、いつの間にか私も笑顔を無くし、そんな風に感じていたことさえ忘れていました。
歓喜の中に生きていた子供時代が、中学生の頃から、成績で順序付けられ、いくら努力しても叶わないことばかりだと思い込み、全てが他人との比較の中で、「私は、なにをやっても一番にはなれないから、ダメな人間なんだ。」と思い始め、何事もやる気が起きなくなりました。
でも、心の中で、理由なき自分を信じる気持ちがそこはかとなく沸き起こる。。。
しかし、そんな自尊心は、恥だと思ってしまう。
夢を語ったところで、馬鹿にされるだけ。
それでも、自分の夢を捨てきれず、やはり夢に向かって進もうとしたり、自分の心の底から沸き起こる気持ちに素直になろうとすると、
「我の強いヤツ」とか「変にかたくななところあるょね。」とか、
素直な気持ちを伝えたいだけなのに、頭から否定されることも多く、
そんな他人の言葉にイラつき、毎日がイライラの連続で、14~30歳くらいまでは、イライラが毎日火だるまの如く燃え上がり、膨れ上がり、納得の行かない人生に疲れはてていました。
ワタシはこんなに頑張っているのに、思うような結果が出ない。
大して頑張ってもいない、汚い心の他人が、
どんどん社会的地位を確立して出世していくのに、
どうしてこんなに正しいことをやっている自分が不遇の目に遭わなければならないんだ!?
世の中は、理不尽なことが多すぎる。
こんな世の中に、生きている意味があるのか?

24歳のころ、就職したてで、ストレス満タン不平不満の大合唱が心の中でこだましていた時、大学生の頃から習い続けていた狂言のお稽古の時に、遂に先生にその不満をぶちまけてしまいました。
すると、
「今が不満だらけでもいい。とにかく、感謝出来ることを見つけて、感謝する習慣を身に付けなさい。そうしたら、いつの間にか、感謝することしかなかったってことになるから。」
と言われ、なぜかとてもシックリときたのでした。
「人は、なぜか、不満ばかり目につくものなのですょ。人の悪いとこや世の中に対する不満ばかりに目がいって、なかなか良いとこを見ようとしない。けれども、人のよいところ、世の中の良いところを見つけられるようになると、それは素晴らしいことなんです。本当の人間の成長がそこから始まるんです。なかなか難しいけど、だからこそやる価値はあるんじゃないですか。」
「なるほど!」
と思いました。
でも、それまでの人生で貯まりに貯まった不平不満は、なかなか消えないし、頑張って良いとこを見つけようとしても、長年の癖で歪んだ思考はなかなか戻らず、苦しんで苦しんで、その不平不満のスパイラルから抜け出すのに、大体6~8年はかかりました。
その間には、様々な出会いがありました。
それに伴って、様々な経験もしました。
気が付くと、世間一般から見たら不幸のドン底にいました。
不幸過ぎて、周囲から不吉がられて、たくさんの人が離れていきました。
全てから見放されたと思ったその時、私の気持ちは、、、
意外と気楽でした。
強がりとかではなく、ドン底の底、さらにまた下のドン底の底の底、、、まだまだ落ちるか!?もうこの辺で終わりだろ?!と思っても、まだまだ落ちていくんです。
まだあるの?!まだあるの?!
「人間、どん底まで落ちたら、あとは這い上がるのみ!」
なんて言葉を聞いて、鵜呑みにしていると、まだまだどん底が大きな口を開けて呑み込むのです。
まさか、まさかの、ビックリの連続。
しかし、そんなドン底の私の気持ちは、意外と穏やかで、楽しかったのでした。
辛いはずの毎日が、意外と落ちてみると、
「こんなもんか、まだぜんぜん生きてる。」
「しかも、太陽も毎日顔を出すし、ちゃんと地球が自転公転してくれて、私一人がこんなに苦しんでいても、世の中には何の影響もない。」
「なんだ、ただ、それだけのことか。」
誰にもドン底だと打ち明けることなく、ひっそりドン底を味わう日々。
そんなドン底の私に、ドン底にいると知らずに、手を差し伸べてくれた方々に今も密かに感謝の気持ちでいっぱいです。
そのたくさんの感謝の気持ちが、私に明るく前を向く力を与え、頑張る力を与えてくれました。
全てを失ったとき、全てがわかりました。
本当の友達は、ドン底の時にわかります。
なにも与えてあげられなくなった時に、離れていく人、なにも与えなくても変わらずに付き合ってくれる人。
なんにも持ってなくても、心の中でいくらでも楽しむことができる。
この世に生まれ、生きてるという、最大の幸せをこの世に生きている人は全員持っているということ。
ドン底の経験が、私に大きな気付きを与え、何倍も強くしてくれました。
世間一般でいうところの不幸な状態になることで、真の幸せを知ることができたのでした。
なに事も怖からずに、チャレンジしてみることが、より良く生きるコツかなと思います。
不幸、バンザイ( ノ^ω^)ノ
幸せになんか、ならなくて良いんだ!
不幸の中でこそ、真の幸せに気づくチャンスが与えられる。
でも、気づけるかどうかは自分次第。
とはいえ、幸せの中で幸せに気づくことが、最高の幸せだと思います。
自灯明…
どんな苦しみのドン底の中でも、爪の先に僅な灯りを自ら灯し、歩くこと。
この言葉が好きです。
灯りをともすのは、自分にしかできないのです。
幸せになんかなろうとしなくても、全ての人が既に幸せだった。。。と気づいたのです。
みんな、みんな、生きているから 大丈夫なんだ~!
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