日ごろどのような活動をされているのか、改めて知ることができました。
更家さんは、絵本の制作もされながら、絵本の作り方の講習で日本中を飛び回り、更に、東日本大震災の後は、震災のあった2011年3月11日から1カ月後の4月から毎月必ず被災地を訪れ、絵本の読み聞かせや、絵本を通してのメンタルケアをされたり、たくさんの被災地に絵本を届ける活動をされてきました。
その活動の中から、絵本「道しるべ」が生まれたそうです。

被災地を訪れ、絵本をツールにしたワークショップの活動を続ける中、多くの人が自分が抱えている悲しみや怒りを表現できずに、心の奥にしまい込んでただただ耐えている様子を感じて、危機感を覚え、絵本を作ろうと思い立ったのだそうです。
「そうだ、絵本を作ろう。それを見ると気持ちが言えたり、絵を指すだけで気持ちが伝わる絵本を。そして、自分の気持ちをだしても大丈夫と思える安全な場を日本中に増やしたい!」
そうして、被災地を回ってたくさんの方にどうやって辛い経験を乗り越えたのか聞いてみえてきたことが、「人は暗く深い闇に沈んでしまったとき、もう一人の自分が放つ希望の光に導かれて、ほんの少し顔を上げるきっかけをつかんでいる」ということだったそうで、更家さんは、絵本のテーマを「希望の光」にしたそうです。
人が本来もっている自分自身を癒す力を信じてほしい、思い出してもらいたい。

↑昨日、メイク講習後の更家さん❤ キラキラできゃわゆひのだ(/▽\)♪
この更家さんのお話を聞いて、確かに、私の中でも、ほんとに色々思い出すことがありました。
歌手になる夢を諦めきれないまま、IT関係の会社に就職し、全く仕事ができるようにならずに、毎日毎日思うのは、
「このままで終わりたくない。」
ほんとにやりたいことは、絶対にできる。
という、確信(核心)めいたゆるぎない心の声と、
私には、なにもない。
私には、な~んにもできない。
どんなに頑張ったって、入りたい大学に入れなかったし、
昔から、歌手なんて絶対にムリ!と、親にののしられていたし。
ずっと、ずっと、家族以外の人には、歌手になりたいという気持ちさえ、言えなかった。
そんな私が、なれるわけない。
という、否定的な気持ち。
でも、だからといって、就職してみたところで、周囲に迷惑をかけるだけで、会社にたいして、なにも貢献できない。
ただの、給料泥棒。。。
このままで、終わりたくない。
こんな人生で終わりたくない。
このまま、なにもしなければ、絶対に死ぬときに後悔する。
絶対に、死ぬときに後悔したくない!
そこで、ボイストレーニングに通いはじめて、いろんなことが、少しずつわかってきました。
私より歌の上手な人が、たぁ~くさんいること。
みんな、音楽をよく知っていること。
先天的に、歌の才能のある人、ない人。
歌が上手いだけでは、デビューできないし、有名にもなれない、歌手を職業とできないこと。
若くて可愛くて、歌も演技もダンスもなんでもできる、すでにたくさんの芸歴を積んでいる子が、たぁ~くさんいること。
私は、ルックスも歌唱力もなにもかも中途半端で、作詞作曲もできないし、ウリになるところが、なにもないこと。
などなど。。。
世の中って、こういうものなんだと、痛いほど知ることができました。
宮城の田舎の出身の私には、歌手になりたいと言う友達も知り合いも一人もいなかったから、歌手になりたい人なんか、世の中にあまりいないと思っていたのに、東京では、たくさんの人が、子供のころから切磋琢磨して、それでも芽が出ずに頑張っていたのでした。。。
あぁ~こりゃ、ムリだぁ~
どう考えても、ムリだぁ~
でも、あきらめたくない!!!
小さいころから、三度の飯より歌が好きで、生まれてすぐ、ピンクレディを見て、歌うことが仕事になったら、誰に憚ることもなく思いっきり歌を歌えるって、いいなと思い、簡単に歌手になると決めて、以来ずっと、歌手になることを夢見て、毎日、1日1日、1分1秒を過ごしてました。
歌手という仕事が、本来どんなものかも考えず、毎日毎日、好きな音楽を聴いては、テレビやCDと一緒に歌い、ただひたすら歌ってました。
歌うだけでした。
本当に才能があれば、楽器や曲作りを始めるのでしょうが、楽器にも興味なく、曲作りよりも、いますでにある曲を歌うだけで、充分に楽しい日々でした。
そんな、だったので、プロの歌手には、絶対になれない、と知った時には、本当に衝撃でした。
このとき、既に24歳でした。
今思えば、相当おめでたい24歳です。
今でも、相当おめでたい人間ですが、世間知らずも甚だしいです。
更に、私生活でも、就職先でも、上手く行かず、ドン底から更にドン底、「ドン底に着いたら、後は、浮上するだけだから」という、そのころ見ていたドラマの台詞を胸に、頑張ったって、更に、もっと深いドン底が待っていて、いつになったら浮上できるんだ!?と、世の中は、ウソつきばっかりだと、ドン底を味わい尽くしたある日、ふと、私が、ドン底だと思っている状況は、ほんとにドン底なのかな?と思ったのでした。
みんな、誰だって、嫌なこと抱えて生きていて、それでも、悪いことすることもなく、毎日ひたすら、朝ちゃんと起きて、遅刻することもなく通勤して、仕事して、人に道を譲ったりして、歩いたり、ぶつかった人に謝ったり、許したりして、また家に帰って、子供の面倒みたり、家族のための料理を作ったり。
私は、子供もいないし、料理をつくらなきゃいけない相手もいないし、とっても自由で気楽なはずなのに、毎日会社を遅刻して、仕事ができなくて息苦しいらと、勤務時間に外へ散歩に出、他の社員の方が働いて得た利益のお陰で、給料もらえてる・・・・
なんて、罰当たりなんだ!?
それなのに、誰も私を怒ったりしない。
なんて、素晴らしい人達に恵まれて生きていたんだ!!
世の中には、なんて、素晴らしい人だらけなんだろう!!!
人間って、素晴らしい★★★
そう思った瞬間、太陽からシャンパン・ゴールドの光が地上に降り注いでいることに気づきました。
太陽は、絶えず、一刻も途切れることなく、シャンパン・ゴールドの光で私たちを照らし、暖かく見守り、育ててくれていたことに気づきました。
そして、いつも汚くて大嫌いだった、駅前の古い気味の悪いビルも、川も、道路も、線路も、電車も、車も、誰かが一生懸命働いて作ったものだと気づきました。
この世にある全てのものは、太陽と地球が育み、人間が作ったものは、汚いものばかりで恥ずかしいと思っていたのですが、みんな、生きるために、必死で命懸けで作ったものであり、私になんか絶対にできないことでした。
私はこれまで、汚いものをバカにしていたけど、私には、なんにも作れない。
既に、誰かが作ってくれたものに、文句を言いながら、ただで使っていて、なんの感謝もしていなかった。
なのに、この世は、ただひたすら黙って、私のような罰当たりを生かしてくれていたのでした。
なんて、すごいことなんだろうと、心の中が、歓喜の渦でぐるぐるになると、太陽が燃えるようにシャンパン・ゴールドにひかり、揺らぎだし、この世の全てのものを地球の芯(核?)まで、太陽のシャンパン・ゴールドの光が届いて、地球のエンジンを燃やしているのは、太陽のように感じました。
その、太陽のシャンパン・ゴールドの光は、愛の塊というか、愛のビームでした。
そこには、愛しかないと思いました。
この、愛、としか感じられないものが、神様と呼ばれるもので、これが、地球の芯から始まって、地球上のあらゆるものに宿って存在していると確信したのでした。
つまり、この世の全ては、愛から生まれ、愛であると感じたのでした。
このことは、なかなか説明が難しいし、書いたら書いたで、なんかちょっと表現があってるかわからなくなるし、なかなか書く気になれずにいましたが、昨日、更家直子さんのお話を聞いて、今日は、書いて置こうと思いました。
私にとっての希望の光は、果しなく大きくあたたかく美しいものでした。
万物に宿る愛の光でした。
・・・さて、さて、長々と書いてしまいましたが、もし時間があるときにでも、この歌聞いて見て下さい。



★【YouTube】「さようなら」谷川俊太郎 ★
感動しすぎて、号泣(TДT)でした。
昨日、更家直子さんに教えていただいた歌です。
震災後、私の家族は無事でしたが、家が全壊し、建て直さねばならなくなり、その事から、家族に亀裂が入ってしまい、私はもう、家族と連絡をいっさいとってません。
その方が、家族のためになると考えた結果です。
それが、私が家族のためにできる最善だと考えたからでした。
世間一般的には、あり得ないことと思われますが、最善を尽くして、死ぬときに後悔しないために、そうしました。
そんな、私の気持ちとピッタリで、ほんとに驚かせられました。