記憶違いでなければ、

Iはその数日後に一旦戻ってきて

それから荷物をまとめ出て行った。

Iは彼女と同棲を始めた。

 

 

そのあたりのことは

もうあまり記憶にはない。

(無理やり忘れたのかもしれない)

 

恐らくその2、3年後ぐらいに

彼女と別れたIは戻ってきた。

 

 

ちなみに、

諸々の出来事についての謝罪は

一言もなく、

悔い改める様子もなかった。

 

 

私にはもうIとやりなおうそうという

気持ちはなかった。

Iもそうだったようで、

すぐにどこかに部屋を借りた。

それからお互いの実家には内緒での

別居生活が始まった。

 

 

Iは買い物依存症のようになった。

週末ごとに帰ってきては

買物したものを持ち帰ってきた。

 

サーフボードを買ったと思ったら、

今度はカヤック。

また別居しているにもかかわらず

熱帯魚の水槽がリビングに運ばれたり、

やたらバラの苗木ばかりを買ってきたり

もしていた。

その上洋服や鞄。

 

物を買い込むだけ買い込んだら

後は何もせず、投げ出す。

その繰り返しだった。

 

 

その間もIにはずっと女性がいた。

程度の低い会社の事務員、

ジムで出会った人。

そのあたりまでは調べたが、

それ以降はもうどうでもよくなった。

 

 

 

この時期、

私は自分が何を思って暮らしていたのか、

あまり記憶がない。

 

とにかくIとはほとんど口もきかない。

この期間は数年続いた。

 

そしてその期間は私にとって、

気持ちのいいものではなかったが、

息子たちの子育てにどっぷり浸って

いた時期だ。

 

 

 

いつも離婚を願いながら、

そのハードルはなかなか高かった。

 

 

あの包丁事件がトラウマになって

いたというのもあるが、

果たしてきちんと慰謝料や養育費を

払ってくれるのだろうか、

そしてその話合いをするには、

またあのIと一線交えなければならない。

それを考えると気持ちが重くなった。

 

 

 

一方でIはとても小心者だった。

お正月など私が実家に行くときは

必ず付いてきた。

その時ばかりはヘラヘラと笑って

両親や兄たちにこびへつらうその様子に

私はヘドが出そうだった。

 

 

死んでほしい。

今度は私がそう思った。

とにかく死んでほしい。

ならば面倒な話し合いもなく、

その生命保険は私の手に入る。

 

そればかりを考えていた。

 

 

 

 

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