私は何も答えず、クマオに背を向けて走り出した。

 

「りこ!」

「りこ、走ったらあかん!」

クマオが叫んだ。

 

私はもともと心臓がよくない。遺伝的に病気をかかえている。

 

日常生活には支障がないが、走ったり、階段を昇ったりすることは極力控えるようにと

 

医師には言われている。

 

クマオはいつもそれを気にかけてくれていた。

 

だから、こんな状況でも、「走るな」と注意してくるのだ。

 

何のつもり?

私は無視して走った。

もうどうでもいいんだよ、あんたには関係ないんだよ。そう言いたかった。

 

走りながら、かって結婚していた元夫のことを思い出した。

 

元夫トラオも女を作り、私を捨てた。

 

こういう時男ってみんなキツネに憑かれたようなどこかズルい表情をする。

 

思えばクマオも、あのクマオもここの所、キツネのような顔つきだった。

 

何かを追及されたくないが故に、一方的にいろんなことをけたたましく話したり、

 

仕事の話をやたらする。

 

トラオとクマオ。同じ言い草。同じやり口。

 

あんな思いはもう二度と嫌だと思っていたのに。

 

まただ。またこんなことになってる私。男に捨てられる私。