架空の紀元「皇紀」
「皇紀」などそもそも
キリスト教解禁の前年、
歴史を通年で振り返ることのできる西暦に対し
日本独特の通年暦を創設しようと
津田真道の起案を
三条実美が気に入って突然定められた
『記紀』に記載も無く、
歴史上運用されたこともない
架空の紀元が「皇紀」で
この「00」を「いつに設定する?」
と考えた時
「神武が即位」した年を
紀元前660年に設定しよう
と明治政府と三条実美が決めた
三条実美は藤原北家
(藤原不比等の子、房前の嫡流)
現在では考古学者も
歴史学者からも認められていない
良い? 言ってしまえば
大和の神武が
紀元前660年と言うならば、だ
その神武がムコ入りした
家のタタラ五十鈴姫さまも、
家の氏神である御祖
三島湟咋耳神さまも、
より古い先の古代王朝
ということになるんだからね?
神武の紀元を偽り
言い張って遡るほど、
古代祭祀の海神であった女神系譜
三島神族はより古く、
ますます最古の日本の神として
威光が強まることになる
大和にとっては癪な結果をもたらす
ジレンマが付きまとう破目(はめ)になる
さらに家には
「紀元前から三島家を導いてきた」
と伝えられる他家
対馬の磯良(イソラ)末裔の口伝と

マオリの島〝ラキウラ〟から
共に見上げたであろう星空の
天文現象の伝承や、
瀬戸内海 大三島では
〝三島の女神を祀るため〟お手植えした
とこれも他家 乎知(をち)の末裔が伝える
〝樹齢2600年
(つまり少なくとも紀元前600年以上も前に
植樹された物証たる神木)〟の樟(くす)も
現存している。
さらに物部が1千年以上も前に
福岡の太宰府へ残していた天文事典には
〝三島星〟や大三島に〝みなのミミの神〟など
古くから信奉されてきた記録も遺されており、
自家の主張ではない
しかも互いに交流の無かった?
磯良、乎知、物部という他家三氏の客観的提示と、
それだから躍起になって
消そうとして来た藤原や皇室が居て、
それはもちろん、
こうしたことを〝知っていた〟からこそ、
これまで明かしてきたように
ずっと隠滅工作を続けられてきたわけで……
少なくとも5家もの
客観的認識があったことが
浮かび上がって来る
ヤタガラスやアマテラスのモデルへ
置き換えられた主神、
海神であり製鉄の神であった祭祀の女神族
三島神が大和や出雲よりも古く、
少なくとも千年以上〜紀元前ほども
古くから「三島」と呼称され、
尊崇、或いは畏怖されてきた実績が
浮上して来ることはつまり、
「いゑす」や「マリア」以前よりも
古代から実在していたというわけなのさ。
磯良と三島の星の伝承は
国立天文台で確かめた
裏付けとなる証もある
(前巻『少女神 ヤタガラスの娘』
3章 地に遺る 星に遺る の通り)

だから「皇紀」なんてものは
1948(昭和23)年
国家の公式な紀元としては実は疾っくに、
正式に「廃止」されている
にも関わらず
未だ大上段に掲げているのは橿原神宮だけだ

この神武を祀る神社すら
たった130年ほど前の
1889(明治23)年の創建
神武陵など幕末
ペリー来航後ほども近年
徳川幕府によって整えられた
虚仮で糊塗した厚塗りの虚偽でしかない


