東日本大震災から15年そして来月は熊本・大分地震からも10年を迎える | サンドリヨンのブログ☆正統派歴女いざ参る!

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今日は当時を知る人にとっては忘れてはならない大切な日。
 
東北地方太平洋沖地震・・・所謂東日本大震災の日である。
今朝も大分の空はあの日と同じく晴れ間を予感する朝だった。
 
あの日あの時間帯は、コンビニのバイトから自宅に戻り丁度テレビをつけたタイミングだった。
そこに映し出されたものは津波が町をのみこんでいく映像。
それがどこの町だったかは覚えていないが、一瞬何を放送しているんだろうか?映画・・・どこの国?それが映像を見る気持ちだった。
 
 
現場から遠く離れているとね、九州の地までその揺れの余波も伝わらなかったし、コンビニ店内での店内放送もいつも通りで、陽気な音楽と店のPRや商品を勧める言葉しか耳に入ってこなかったんだよ。
店内を訪れるお客さん達の口からも、ひとりとしてそんな大災害が起こったなんて、口々にする人もいなかったしほんと冷たい有様だよね。
 
 
その頃東の地では、多くの市町村が大災害に見舞われて一生懸命に逃げ惑う姿があったのに。
 
 
日常を突然理不尽な形で奪われた人間と、何事もなく普通に過ごす人間とでは、これだけの差があるんだなって思う現実だった。
でもそれもしかたない現実だとも今は思う。知らないと・・・なんでも知らないとそうゆう形でしかいられないんだよ。
問題は知ってしまった後のことだ・・・・・
 
 
今日ネットでこんな言葉を目にした。真顔
 
ある人がネットに書き込みをした。
 
東北地方太平洋沖地震から15年という「~から」という表現は、既にその出来事が終わった時から15年という受け取り方で、でも災害は今も続いている避難している人も今も各地にいるということでは、震災は終わっていないから「~から」ではなくて、本来は「東北地方太平洋沖地震発生から15年」と表すのが本当ではないだろうか・・・・と、
 
それゆえNHKでは発生から15年と言い表しているというものだった。
 
確かにそれは当たっていると思う。
 
 
既に終わったのではなくて、まだその余波も続いているし全てが終わった訳ではないということ。
 
 
私が付けた画像は他局のものだから、発生からとはテロップに出ていないが、言葉とはこうゆうところでもそれに見合った使い方によって、人が受け取る思いも変わってくる。
テロップが「~から」であっても、もしかしたらアナウンサーらはちゃんと発生から○○年と口にしているかもしれない。
 
 
だからといって、全てが間違っているわけでもないしちゃんと覚えている。思い出せているとしたことには変わりはない。
 
東日本大震災の5年後・・・・、
 
 
私の住む大分そしてお隣の熊本県を中心とした大地震が襲った。
 
 
あの時は夜であり、テレビを横になって見ていてあの警報音の後に、突然襲ってきた大きな揺れで、これはもう普通の揺れではないと焦った事。実は大分市内に住むようになってからは、2度程日向灘を震源とする強い揺れにはあっていたんだが、それとも違う久しぶりの揺れに揺れる方位が違うから日向灘ではないなと・・・・・
 
その一週間前・・・・私は上の撮影をした熊本に滞在していた。
 
 
桜の花が咲き始めた頃で、岡山・広島・福岡と桜を撮影しながら旅をして、最後は熊本市内に宿泊していろんなところで写真を撮っていた。JRの18きっぷで旅した近頃では最後の旅にもなっていた。
 
強い余震も襲う中で、2度目の最も強い揺れは最初の地震後の2日後の深夜1時台だった。
 
熊本大分地震といわれたのが、その後は熊本ばかりがピックアップされて、熊本地震とだけ名が残った。
しかし九州各地でこれだけ揺れて、熊本の活断層の揺れに誘発されて、同じく活断層が大きく揺れた大分県でも、当時は被災者が多く出て大変な生活をした人々もいたということは、全国の人達にも覚えていて欲しい。
 
被害が大きい少ないではなくて、現状がどういった事かということでは、災害においてもそこに格差判別があってはならないと思っている。大変な思いは大変なことを体験した人それぞれ皆同等なんだよ。
 
大分はちょっと変わっていてね。えー?
 
自分の県なのに何故か当時詳しい情報や被災地での事が、あまりテレビで放送されなかった。むしろ福岡のテレビ局が、積極的に話題としてくれていた。だから地震後の深夜を通じてTwitter内でも情報が入らないと嘆き。友人知人の安否を知りたがる人々が溢れていたんで、私はすぐさま情報を集めてそれらを順次そうした人々へ、通りすがりとして流してあげた。
 
多くの人に感謝されて、今でもその時の履歴がSNS上に残されている。こうゆう災害時は特に、どんな小さな情報でも入ってこないと、皆それぞれが不安になったりもするものだ。
唯一大分の新聞が、そうした事を伝えてくれていたが、うちも新聞は取っていないし買う事もない人だと、正しい情報や必要な情報・リアルタイムな事柄は、ずっと知らないままに終わっていってしまう。
 
そう、まるで他人事のようにして・・・・
 
 
 
 
高知県生まれの私もこれまでは、高知県内で強い揺れを体験した事もあるし、もっとも恐怖したのはあの阪神淡路大震災の時の高知市で体験した大きな揺れだった。
 
大分に来てからも、別府湾を震源とした大きな揺れにもあっていて、日中仕事中には下からつき上がるような余震を、一週間も体験した事もあった。前の住居ではやはり夜に2年間に渡って1度ずつ、日向灘を震源とした大きな揺れも体験していて、2度目には立ち上がれないような大きな揺れに、情報を深夜に知ってすぐさま熊本の知り合いから、大丈夫かと連絡をもらったこともあった。
 
 
その熊本の知り合いには、熊本地震の時にこちらから連絡を入れて、リアルタイムな状況を聞くようなこともあった。真顔
 
 
そうゆう事でも昨今本当に大きな地震や揺れが突然襲うことが多いなと感じて過ごしてきた。
そんな中今年1月6日には、中国地方で大きな地震が起こる。
 
 
この大きな揺れは震度こそ小さかった大分でもあるのだが、室内にいて座っていてもわかるくらいの横揺れを感じて、目の前の私がいつも微妙な揺れを確認する時に目を向けている、壁に付けられた鏡や吊るしたものを見てみると、
 
 
 
やはりわかるくらいにゆれているのが確認できた。
 
 
これは多分震源地で起こった強い地震の余波が、伝わってきたことが原因で思わずこれだけ揺れたのだろうということだが、動画はだいぶ収まりつつある時に撮影したので、本来はこれよりももっと横揺れしていたということだ。
 
 
けっこう長く続いたんでね。
 
 
熊本地震を思い出して、ちょっとヤバいかこの揺れはと思ってしまった次第。どんな小さな揺れでもその内大きなものを引き起こすこともあるし・・・・・
 
 
東日本の大きな揺れが要因ではという誘発されたような揺れは、現在も各地で時々起こっているしそれ以外での揺れも頻繁に続いている。
いつかではなくて明日か今日かもと思い、注意深く暮らしていくのもしんどいけど、東日本での被害者や被災者らが教えてくれたことを教訓に、私達も今日を生きていこう。クローバー
 
 
 
東日本大震災から15年そして、来月には熊本大分地震から10年目を迎える。