いざという時の備えと心構えひとつで、救える世界もあるんだと思う。 | サンドリヨンのブログ☆正統派歴女いざ参る!

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土佐の脱藩歴女が、いろんな歴史の旅と日常を綴ります。
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私も今年1月13日に初コロナ陽性と診断された。

 

それまでは一応にワクチン注射をずっと受けていたんで、実際はそのことが感染を免れてきたのかどうかはわからない。

普段流行りのインフルエンザにもかかった事がなかった私・・・

その為のワクチン注射は受けた事がない。だが一度だけ数年前にインフルですねと言われた事はあったけど、元々免疫力が強いのかどうなのか、インフルもコロナもほぼ病院へ行った次の日には症状が良くなり、2~3日後にはまったく何もなかったように回復して、その度に自分は本当にソレにかかっていたのかと、自分でも疑うことがあった。

友人の中には、2度も感染してしまい。

咳も長く続いていて、私がコロナにかかった時にも、まだ咳が続いていて漢方薬を飲んでいると言っていた。因みにその子の仕事は、医療現場の事務系だと思う。

 

私の場合は不幸中の幸いでした。

 

 

ただ・・・、コロナの場合は確かに熱はすぐ下がったが、まるで喘息のような咳はその後も1ヵ月ほど続いた。

横になって布団の中にいると、溝内が痛くなるほど背中を丸めることもあった。壁の薄いアパートなので、両隣の人の事も気にかけながら咳を布団被って誤魔化すのも大変だった。

いくつか市販薬を試し、最後にネットの口コミで出ていたとある薬が効いて、咳も止まることとなった。

 

 

2020年2月・・・・

 

 

この物語は始まる。

 

 

アジア圏から出発したダイヤモンドプリセス号が、日本の横浜へと戻ってくる帰路の途中で、突如として感染が広まり始めたコロナウイルスが、日本でも話題として取り上げられた時。

我々は横浜の港に到着した船に注目をした。日本でも既にコロナの事は連日話題となっていただけに、大型客船の中に乗る多くの乗船客の数の多さと、香港や台湾にも寄って日本へ戻って来た船に、中国で発生したと言われたこのウイルスを運んできたとして、テレビも各メディアも連日あらゆるあること・ないことを報道し始めた。

 

 

国民らもまだよくわかっていなかったこのウイルスの事に、唯々船から港に人々を降ろす事や既に感染したとみられる患者らを、国内の病院へ運び入れることで、目に見えないウイルスが広がるのではとした恐ろしさを想像して、その報道と人々の関心は過熱するばかり。

あらゆるタラレバだけが独り歩きしていた。

 

 

 

日を追うごとに世界でも感染者は増えていって、国内だけでなくて海外でも死者数と共に異常なほどの対策が取られて、遂には家から出ることすら禁止とされる不要な外出を控えて下さいとした政府発表もされるようになってきた。

 

日本は四方を海に囲まれた国だけに、逃げ道がないこの未曾有の危機に、恐怖と恐れを抱いたとしても仕方がなかった。

 

ダイヤモンドプリンセスからの患者を運ぶことができた治療先でも、それだけではなくて国内でのイチ感染者たちの事もあり、医療スタッフや病院に関わる患者や近隣住民らも、見えないわからない未知のウイルスに恐れをなして「ここはコロナの病院だ!」と騒ぎ始めた。

 

その中で命がけの医療現場での治療も開始される。

 

嘘とデマ

 

 

 

 

 

もう私達もすっかり忘れているか、遠い過去のことのようにしてそんな事もあったねと、まるで他人事みたいに過ごしているかもしれないね。

 

 

私が子供の頃トイレットペーパーが世の中からなくなるような出来事があった。うちはトレぺではなかったから、その必死さはわからなかったけど、随分と大人になってまさか自分が、同じ騒動に巻き込まれるなんて想像もしていなかった。

私もこの頃トイレットペーパーとティッシュペーパーを買いだめ。

それでもひとりなんで、家族連れみたいに沢山買う事はなかったけど、周りを見れば皆必死で探し回って家族総出で手分けして、あちこちで買いだめしていたようだった。

 

 

これを読んでいる人の中にもそうゆう人がいたんじゃないかな?

 

 

そんな中でこうゆうふざけた人間も現れるようになって、ネット動画や日々のニュースの中で騒がれる事も出てきた。

その後こうした騒動を起こした人々は、一体どう過ごしたんだろうね。

自分達がやった勝手な振舞いと、勘違いな行動と言葉・・・・

その後少しは反省することがあったんだろうか?

 

 

自暴自棄になるのも仕方ないが、自ら進んで悪になるよりも的確な治療をすぐさま進めて、命が助かる方向へ向かう事がよかったのではと思うよ。こうした行いを起こすその殆どは、何故か男性が多い気がする。普段は偉そうに振る舞う野郎でも、いざ自分が死ぬかもしれないと疑念を抱くと、もうどうしていいかわからなくなるんだろうね。

そして他者に対しても暴力行為や暴言を吐き。

自暴自棄な行動も起こしてしまう・・・、それで本当に自分の気持ちが収まればいいんだけどね。私は決してそうゆう事で浮かばれるとは思っていない。

 

 

女性は命を生み出すほどの生き物だからか、自然と最後は腹が座ってしまうところがある。

 

 

全ての男女がそうだとは思わないが、そうゆう弱さと強さの違いはこうゆう時にこそ試される。

 

 

私がバイトが今日終わったとしたタイミングで、立ち寄ろうとした先へ急いでいた時に、急激に倦怠感と悪寒と微熱が出てくるのがわかり、それまで一日仕事中もなんの体調の変化もみられなかったのにと、私風邪をひいたんか?って、その夜は家にあった熱冷シートを貼り付け、帰宅した途端に倒れ込むようにして布団に横たわり。

身動きできない状態ででも、ひとりだから台所へ行かねばならない用事もあるし、水も飲みたいしと動くしかない現実。

 

それでも自分がコロナとは思ってもいなかった。

(因みに仕事中も外出時は常にマスクをしていたんで、その点は安心して下さい。それでもどこかで感染をしてしまったんです)

 

次の日これは普通の熱ではないなと、直感的にそう思い病院へ向かうも、ドア前には一枚の貼り紙がされていて、「37度以上の熱がある方は電話をしてからお越しください」そう書かれてあった。

しかし扉の前から電話をかけるも、電波のせいなのかうんともすんとも言わなくて、一度家に帰るのもできないとそのままドアを開けて受付で説明すると、すぐさまお待ち下さいと通されたのはこの写真の玄関入口だった。(笑)

 

 

熱があって大変な症状なのに、こんな場所でストーブは暖かかったけど、これってどんだけ警戒してヤバい患者と思われているんだと、おかしいやら呆れるやら・・・・この時はまだコロナとはわかっていない状況。

 

 

結局無理言って検査を臨時でやってもらって、その場でコロナですねと言われて薬を貰って帰宅した。

医者曰く・・・・「基本的にはコロナに効く薬は今は無いんですよ」

だから一応抗生薬は出しておきますが、今後症状が急変するようならばまた連絡をくださいとの事だった。

正直症状が急変したら、自転車漕いで電話して来院する勇気はないと思った。幸いなことに薬のおかげか一度だけ飲んだ薬・二度目を飲む頃には、頭の皮を引っ張られるような痛みのある熱も、急激に下がっていた。私は運が良かったのかもしれない・・・・

 

 

医者は人の命を助ける使命の元で、働いていると思うのだが・・・・

医者でも医療現場の人間でも、コロナという未知のウイルスの発生では、皆等しく恐れおののき現場を去る人達もいた。

自分達が一生懸命働いているのに、外部からは誹謗中傷を浴びて家族らも後ろめたい思いや、生活を脅かされるような過酷な中に晒された。

 

 

メディアはそれらを好奇心を煽るようにして、思い付きで報道する人達もいた事は間違いない。メディアは数字ですから、例えばYouTubeで動画をあげて騒いだ人達だって、数字が上がればそれだけ自分自身が注目されて、収入に結び付けている人達は、その後の収入源アップにもつながった訳だ。

そうした中には、誰ひとり本気で世の中の現状をその真実を、伝え今後にその経験を活かして行こうなんて思った人がいたのか。

 

哀しいかな自分達が感染もしていなければ、その本当の苦しみに気づくことさえしなかったと思う。

有名芸能人が初めて犠牲となった時には、初めて等しく我々人間は誰でも感染しうるし、亡くなることさえあるんだと知る。

その後は日々の研究と行動で、何が正しいかそうした方法を確立していく事となる。

 

原作者が大分の人だということで、こうしたキャラクターのポスターも見る事があった。

 

世の中があっという間に当たり前の世界を変えていった時代。

 

街から観光地からあらゆる場所から人が消えた。

まるでリアルなパニック映画を見ている・・・・そんな中で自分達がその主人公となったようだった。

 

沢山のイベントも中止や延期となり、いつもは人々にいろんな思いを伝え届けている芸能関係者らも、仕事をセーブして収入源を絶たれる人さえ出てきた。世の中から人々が消えた後は、ネットの世界でいろんな活動が行われるようにもなった。

歌を歌える人達がリモートで歌を届けたり、有名アーティストがひとりでピアノを弾いてはLIVEを届けたり、自分達ができることを自発的にやろうとする人達も増えて、自宅でできることを普通の人々も発信することが増えた。

 

マスクがなければ作ればいいじゃないと、私も自作マスクを作ったりもした。実際はそれを使う程の品薄状態に家でなることはなかったけどね。にひひ

 

日本でも映画「フロントライン」に登場した大型客船での事を皮切りに、その後次々とコロナが日々を変えて世界を変えて、人との繋がり家族との繋がりを大切にしよう。生かされている事へのありがたみや平和な世の中の当たり前の日常が、こんなにも素晴らしいんだと気づいた人も沢山出てきた。

 

 

船から3700名の人々が下船したのは、2020年3月1日隔離開始から25日後の事だった。

最後に船を下りたのは、船長だったという。

 

内部での状況は日々報道される事も出てきて、私の手元にも当時の画像や書き留めた記録等が多く残されている。

初めは満足な隔離もされていなかったとか、大広間な食堂内での隔離状況を示す貼り紙も、適当なものだったとか・・・・

映画の中にもそうした内情を話す人も登場するが、これら全て当時のありのままを再現していると思う。

テレビクルーとして取材を行う女性も、最後は自分も間違っていたとそれまでの報道の仕方を考え直すシーンがある。

 

 

登場する全てのキャストには、モデルとなった当時の人々がいて、その人達の協力もあってこの映画は作られていた。

 

 

忘れた頃でもいいから、時にこうした自分達も体験した出来事だったと思い、あの日の出来事を思い出して忘れないようにと、こうゆう作品を見てもらえたらなと思う。

過去の動画サイトでは、映画を観ての感想なのかあまりいい意見を述べている人を見てない。その殆どは作りが満足できないとか、演技がどうしたこうしたとか・・・・。

確かに映画好きからしたらそう思う人もいるかもしれないが、私も映画好きだけど私はそう思う事はなかった。

 

こうゆう映画は、個々の満足度を満たす為のものというものではなくて、あの日あの場所で何があったのかとした事を残すものだと思っている。エンドロールまで見ていたら、映画製作にあたっての事柄で、実際はどうゆう風であったのかとした注意書きも示されている。上差し

普段最後の最後まで映画を観ないで劇場を立ち去る人達には、そこもちゃんと読んで欲しいなと思う。

映画は映画・・・どうしても演出上の事で、マスクを外して台詞を言い合う場面も出てくる。だが、実際の現場ではそうではなかったと・・・

正しい理解をしてもらえたらなと・・・・。

 

ダイヤモンドプリンセス号の画像や内部を示す画像も残してあるんだけど、ここではあげないことにします。

いつかまた同じような現実に直面したら、再びパニックにならないかどうかは、これら過去の体験が活かされるかどうかにかかっていると思う。ちなみに私的には意外と当時を冷静に見ていた気がします。

 

今でもこうしたウイルスに対するワクチン接種に対しては、いろんな反対意見も目に入りますが、メディア等も普段からアンチな意見を公表することが数字をとれるものだと思い。

あまりいい方向を示す事はさけていると思う。もちろん危ないとした事もあると思うが、もし駄目だと思えば自分の考えで行動すればよい。

強制的な接種でもなければ、受けたくないのならばやめればいいだけだし。私的に言えばコロナ以外でもよくわからないワクチン接種があるのに、何故そちらの方では反対意見が少なく表に出ないのだろうなと、それを打った後に寝たきりになった子供がいたりもした。

そんなワクチンさえあったのに、今ではもう表で報道さえしなくなってしまった。真顔

 

 

危ないと思えばくだくだ言わず止めるか受けるかその1つだよ。

 

 

只自暴自棄になって他者に迷惑をかけることだけはしない方がよい。

 

 

コロナが少しずつ世界に広まりつつあった頃、まだ日本では騒がれる事もなかった頃、2020年の騒動が始まる前年の2019年12月には、私は大阪へ趣味のイベント展示を見に出かけていた。

 

写真を見てわかるように、その頃はまだ誰一人としてマスクを着けている人達を見る事はない。

まさか翌年からあんな大騒ぎな世の中になるなんて、想像もしてなかった幸せな時間だった。

 

春四月・・・・

 

その年の花見の季節は淋しいものだった。

 

 

どこの現場も桜が美しく咲きそろうのに、賑やかな人々の声や姿は殆ど見かけなかった。初めは一部の若者らが、某所にて大々的に花見をしようとしていた姿を見たけど、周辺の人々は通りすがりに冷ややかな視線を送っていた。

 

あんなに静かで美しい桜の季節を見たのは、こんな街中では初めてだったと思う。いろんな人々の行動も制限自粛が行われて、見たかったとある作品展も中止となり、後に遠くまた大阪まで追いかけていく事となった。

 

 

 

こうしたウイルスもそうだけど、あらゆる災害はいつまたどこで発生するかもわからない。そうゆう時にはまた自分は試される側なんだと、こうゆう過去も忘れないで記憶に留めておいて欲しいと願う。

 

 

なんか今年は物凄く百日咳が流行っているそうだから、大人もかかるようなんで十分に気をつけておいて欲しい。

どうやらその急激さに医師らも驚いているそうだ。なんとインフルエンザよりも多いらしいよ。今年の春先には、新たなコロナの変異株みたいなものも、また中国でとした発表もアメリカでされていた。

平和な日本では個人で情報を得ようなんて思う人は少ないだろうが、知らない世界では様々な事が起こっているんだとしたこと。

 

 

それらを得ているかどうかでも、映画のようなことが起こった時に、自分がパニックを起こすかどうかとした事がわかってくると思う。

映画「フロントライン」・・・・現在はあらゆる動画サイトで見る事ができるようだが、私はAmazonprimeにて視聴しました。

まだ先だが、年末年始家で見る作品のリストにも入れておいてはどうだ。(笑)映画の中で森 七菜演じる船内スタッフが、なかなかいい感じの発音で英語の台詞を喋っている姿に、随分と練習したんだろうなって思いました。他のキャスト達の芸の上手さはお墨付きだよね。

 

ひとりひとりにモデルがいて、あの現場で実際に活動していたんだと。

 

 

報道からは見えてこなかったリアルな物語は、特に働くスタッフ目線で描かれています。実際はもっとパニックだったろうと思うが、冷静な判断もあったおかげでその後の結果を見る事もできたとした事は、間違いない事だと思います。この時のことがあって、その後小栗旬演じるチームDMATが、それまではこうした感染現場に入ることがなかったのを、容認される事となったということだ。

 

11月上旬には九州・沖縄のDMAT(災害派遣医療チーム)が集まり、災害現場での活動訓練などを学んでいたそうだが、その後大分では佐賀関での大規模火災が発生。その現場にもいち早く駆けつけて、地元大分のDMATチームらが避難先となった市民センターにて、地元病院の医師と共に180人の避難者達のケアに当たったそうだ。

 

こうして各地にて活躍するDMATの姿にも拍手を贈りたい。ウインク

 

 

 

 

 

 

こうした映画に関わる動画が複数アップされています。

ご興味あれば見てみて下さい。実際のモデルとされる方達との語らいの長い動画や切り抜き動画もあり。

 

サブスク等での公開は、DVD発売に先駆けてのものだったようで、今月初めには待望のDVDも発売されています。ニコニコ