桜の木は神様の依代 | サンドリヨンのブログ☆正統派歴女いざ参る!

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土佐の脱藩歴女が、いろんな歴史の旅と日常を綴ります。
 過去ログの(1564nhのブログ)では、本当に沢山の歴史を公開しています! 自分で書いておいて改めてへぇ~・・・なブログも、お時間ありましたら見てみて・・・・!!

武士が台頭してくるまでは、貴族社会では桜よりも

 

梅が花見の主流でした。

 

 

その理由は、大陸からの先進的な文化と共に入って来た花であり、日本人からすれば憧れの文化をもつ羨望の国・・・そこから入って来た珍しい植物でもあった梅は、寒さの中でも咲く事ができて、花の中の花と称されて貴族たちはその花を愛でたのでした。

 

 

遣唐使が廃止されると、今度は桜を歌にも詠むようになり、その数は梅を上回っていく事となる。そして武士の時代がやって来ると、人々はその花の儚さを自分達にあてはめるようにして、散る桜を詠む歌も増えていく。それまでは恋の歌としての桜も古今和歌集には集められたのに、うーん

 

花見と言えば歴史上で有名なのは豊臣秀吉の吉野山での、大名以下5000人を集めた大規模な吉野山の花見。そして1598年に京都の醍醐寺で1300人を集めた醍醐の花見です。

桜桜桜桜桜桜桜

 

秀吉が吉野で行った時には、苦戦を強いられていた朝鮮出兵での憂さ晴らしであったとも言われていますが、醍醐寺では主に家臣たちの奥方などにも、着物をあつらえて招待したというから、派手好みの秀吉も大盤振る舞いでしたね。(笑) この時はほぼ女性人らの参加がメインで、諸大名の女房女中衆達の姿がそこにありました。

 

醍醐寺での花見は、世継ぎの秀頼が生まれた事で、その祝いと豊臣の権勢と栄華を願ったものとも言われています。

 

 

恋しくて今日こそ深雪花ざかり 

眺めに飽かじいくとせの春

 

 

これがその時に詠んだと言われている秀吉の歌です。

 

 

ですがこの2ヵ月後・・・

彼は病に倒れてその人生を終わらせてしまう事となる。

そして花見の17年ごには、彼が願った豊臣の世も夏の陣にて終焉をむかえる。

 

ソメイヨシノは手入れも簡単で育てやすい。

成長も早くてそうした事でも、世の中に一斉に広まっていったと言われています。元は同じ遺伝子を持つ桜ゆえに、1本が開花すると次々と花が咲いてゆく。それは元々1本の木から株を増やしていった経緯もあるだけに、散り際もほぼ同じであり、その美しさ故に人々に愛されることとなったのです。

 

他の種の桜は、咲くも散るもばらばらな事が多いので、ソメイヨシノが長く愛されてきた理由はそこにもあったということだ。

 

でも最近では、全国の主要な場所に植えられたソメイヨシノの桜にも、寿命が近づいているとされて、弱った木が倒れたり枝が折れたり、あるいは害虫に中を食い荒らされて、倒木の危険があるとしてソメイヨシノに変わる他の桜の木も検討され始めています。

 

さくらの「さ」は田んぼの神を表す言葉。

故に稲作に関する言葉には、頭にさの付く言葉が多い。

植える苗をさなえ・・・それを植える人をさおとめといい、その他にも関連する言葉がある。そしてさくらの「くら」という言葉は、依代という意味を表し昔の人は、天から田の神が下りてくる木・・・

 

 

それが桜という木だったと、なんとも日本人らしい独特の考え方だと思いましたね。ニコニコ

 

 

今日辺りも多くの人々が桜の木の下でお花見を楽しみながら、飲食を楽しんでいるのは知らず知らずに昔の人々が、日本人の主食である田植えの前に田んぼの神の依代となっている桜の木の下で、今年の豊作を祈り花の散り方で豊凶を占う。

そうした祈りの文化を受け継いだ姿なのかもしれないね。

 

でも気をつけて・・・・上差しハッ

 

 

桜の根はあまり踏み固められてしまうと、地から栄養を吸い上げられなくなって死んでしまうから、あまり木の根元で花見をしないでね。少し離れてブルーシートを広げて下さい。

近頃では、そうした注意書きをつけている場所もあります。

 

因みに江戸時代にその花見を世に広めた歴史人がいました。

それが暴れん坊将軍で有名な徳川吉宗 

 

質素倹約を推し進めた吉宗ではあったが、庶民の不満がたまらないように、江戸の各所に桜を植えて行楽の場を提供した。

今でも有名な王子の飛鳥山や品川の御殿山などもその1つ。

花見の客の為に茶店を用意したり、自ら宴席を催したということだ。

これも農家の人々が田んぼの神への願いとは別に、世に広まっていった今につながる1つのお話である。ウインク

 

 

いろんな時代でいろんな人々が今の世まで、この日本という国に花見という文化を植え付けてきてくれた。

 

私も子供の頃には、桜が咲くとなんだかウキウキしてきて、春の訪れを感じると週末は共に母親を伴った数組の家族で、ダム湖に面した桜の道を歩いて適当なところをみつけて、そこでお弁当を広げてお花見をしたものでした。ニコニコ

 

その頃のわくわく感もあって、今でも桜が咲くとひとりでも桜の花を求めて、自転車走らせています。(笑)

 

今年はもう九州でも全ての県が開花して、九州で1番だった熊本を抜いて、なんと開花宣言後3日目で福岡県では既に満開となっているそうです。私が住む大分でも、豊後竹田市の岡城址や他いくつかで、既に見ごろを迎えている場所があって、岡城址の桜まつりは散り際なのかなって・・・・。因みに熊本と高知県は今年1番の開花宣言でしたが、開花5日程して満開となっているようですよ。

 

大分市ではもうそろそろ咲きそろってきているところかと思うが、場所によって違うようでうちの近所の小さな公園では、開花宣言後もまだまったく咲いているように見えない場所もありました。

この少し前の雨と寒暖差で、もう今頃は咲いてるのかなと思うのだが、今年は本当に既に夏日も体験してしまっただけに、駆け足で散っていくんではと思っています。

なので平日であっても急いで見に行かないとなって・・・・

 

昨日から2月並みの寒さもあって、今は花冷えという日々。

 

 

週明けからまた少し暖かくなるようだが、夏日ほどではないんで来週末まではまだ残っているのかなとは思ってます。

昔桜を追ってJRで旅した事があったが、今年はもう西日本では咲きそろってしまったようで、こんなに早くピンク色に染まるのも珍しいなと思いましたね。普通は九州を出てやっと山口県下関市・・・そこから広島まで行くのに、少し時間がかかると言うのが当たり前だったのに、桜

 

 

ソメイヨシノが終わると八重桜が咲き始めるが、こちらの写真の桜も咲き始める。日本原産の珍しい緑色の桜を咲かせる木なのだが、この色で開花してやがて段々と桃色から白っぽくなっていく。

 

御衣黄桜 (ぎょいこうさくら) というものだが、その数が少なくて町中や人が住む場所ではほぼ見る事ができない。

あるとすれば、育てたものを植えたものだと思うよ。徳島県の山間部では山肌にこの桜が咲いているという場所もありますが、やはり数は少ないようです。植物園とか行けば見る事ができるかもしれませんね。私はこの写真を森林組合の事務所内の庭で外から撮りました。

あとは熊本城内にも見れる場所があります。

行ける方は見つけてみて下さい。チョキ

 

 

多分あまり知ってる人はいないと思うが、熊本城内のものも人の手で植えられたものだと思います。

 

 

さくらの「さ」の字の付いた言葉。上差し

 

 

田植えの季節は「さつき」というでしょ。

昨今コメ不足で大変な時代です。今年の田植えは豊作の年となるようにと、心の中でも依代の桜の木に願ってみて下さい。

余談ですが、歴史の中ではお城の中に桜の木があると、その儚さゆえに縁起が悪いと思われて、梅を植え替えたという場所もあります。

平和な世の中では各地の城址公園内に、桜が咲くのは珍しくないですけどね。ほっこり

 

散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世になにか久しかるべき

 

この歌は在原業平の歌への反歌となっていて、

桜は惜しまれて散るからこそ素晴らしいのです。この世に永遠なるものは何もないのだから・・・と歌っているそうです。

 

花見にと 群れつつ人の来るのみぞ あたら桜のとがにありける

 

こちらは桜の歌をいくつか詠んでいる西行法師の歌で、

花見の客が大勢押し寄せてきて騒々しい、これこそが桜の罪であると歌っているんだって、なるほど~~爆笑

昔も今も変わらないんだなって笑っちゃいました。(笑)

 

 

皆はもうお花見は終えましたか?桜桜桜桜桜

 

今年の桜は今年しか見れないもの・・・・

どうぞ楽しんで下さい。

 

あと、宴会等での野辺での火の後始末タバコの後始末は、確実にお願いしますよ。グッ山菜採りの季節になると、タバコ1本で何億とゆう被害を出す山火事を起こした事例もあるんで、うちの田舎でもそうした事が数十年前にあって、1週間近く燃えて5億円台の被害がでました。まさにたった1本の完全に消せてなかったタバコの投げ捨てからです。でなくても近頃酷い山火事とかも続いているんで

 

ここで使った桜の写真は、全て過去のものです。だってまだ見に行ってないんだもん♫(笑)てへぺろ