こちら昨年度の大河ドラマでございます。![]()
今頃ですかな感じですが、大河で幕末と平安は難しいと人気度を述べられる方々もいらしゃいますが、昨年の作品では紫式部が世界初となる恋愛小説 (今時で言えば) を描くまでを、彼女の人生に照らし合わせながらのストーリーだったね。![]()
この時代名前が後世に残る女性の存在は珍しい事。
そんな時代が長く続く事になるんだが、道長との恋物語も少女漫画的で毎回見る方もいたと思う。
今時ですね、(笑) ![]()
大河ドラマの展示でアクリルフィギュア見たの初めてだったわ。(笑)
これ大河ドラマ館とかでは売っていたのかな?
少ない展示品とパネル展示でしたが、貴重なドラマの中で使われたモノを、見て感じる事ができました。![]()
改めて見ると凄い関係図ですね。(笑)
さて、今年の大河ドラマは時代は大きく変わって江戸末期の頃のお話。・・・とはいっても、幕末まではいかないのだが、これまで詳しく描かれた事も少なかった江戸吉原を中心とした物語が、現在進行形でございますね。主人公は皆さんもよく知る。
現在のTSUTAYAの創業者?
蔦屋重三郎
この時代の大河ってなかなか人気が出ない事が多いのだが、回を追うごとに癖になる江戸弁と吉原界隈での物語に、けっこう人気も上がっているようで、実は私もこの江戸弁が心地良くて、毎回よく階段落ちするキャスト達に・・・
江戸時代の「寺内貫太郎一家」的な面白さを覚えて見ています。
あっ、寺内貫太郎一家って言っても知らない人もいるか。(笑)
昭和のアットホーム的な寺内家で巻き起こる。喜怒哀楽な特に笑いの部分を全面に描いた。いきなり乱闘騒ぎが始まったり喧嘩が始まったりの賑やかな人気ドラマでした。
寺内貫太郎があれ・・・大工だったのかな?
ネーム入りの法被を着て食卓にも現れた。(笑) これが巨漢な有名な方で、あまり言葉を発しないがとにかく気に入らないと手が出てしまう。(笑) この方は、音楽業界でも有名な人でしたね。![]()
実は私がよく見る理由の中には、あのお偉いおじさん達が集まる二階の場面に、時より私の昔からの知り合いが出演している事もあるのだ。彼は映画等でも主役に斬りつけたりする武士の役とか舞台とか、脇ではあるが長く俳優も殺陣もやっていて、もう長くFBでのお友達なのだよ。
情報流れてくると、すかさず言葉で連絡取り合ってます。
知り合いが出ている映っているというだけでも、なんだか嬉しくなりますね。![]()
この間出演している俳優さんが、某番組内で面白い事を言っていた。
こうした奥行きの場面で、ふと見ると奥にいる人がまったく視線がこちらを向いていない。それどころかそこに映る人々が、怒っていたり笑っていたりとむちゃくちゃ個別の芝居をしていて、こちら側から見ていてもまったく気づかない様子に、何故なんだろうと近づいて行ったら、この奥行きの奥は電飾であり、作られた人々であったとした事に驚いたとした事だった。(笑)
私・・京都の映画村の吉原に行った事があるが、確かにここまでの奥行きはなかったね。(笑) でもテレビで映ると、それなりに広々として映るのは撮影のテクニックなんだなって・・・・
ところで、前回遂に蔦屋重三郎の幼馴染でもある瀬川が、
市原隼人演じる鳥山検校のもとに嫁いで行きましたね。
当時としてもとんでもない金額で身請けされて、吉原の大門を出て行った彼女だったけど、今後はとんでもない運命が待っている事。ここで書いていいものか・・・・
それは番組を見て頂くとしようか。
ふたりを繋ぐ蔦重の夢は、瀬川のように幸せな思いで大門をくぐって、人生を変えて外へ出ていく。そんな遊女らの夢を叶えたい事。
実際は年季明けまで存在していること自体が、難しい環境でもあったのだろうが、
その夢を叶える為にも、吉原に残る蔦重の思い。
今夜は果たしてどう描かれるのか・・・
さて、もうひとつの遊女に関するお話。![]()
人気シリーズ名所江戸百景を描いた浮世絵師の
歌川広重
その作品の中に京橋川の西端にかかっていた比丘尼橋というものが出てくる。現在の中央区八重州2丁目と銀座1丁目を結んだ橋だとした事だ。 比丘尼 (びくに) とは仏教用語であり、この場合女性が頭を剃って僧侶の姿をしている者の名前であったという。
まぁ~尼さんということですかね。![]()
江戸時代僧形の下級売春婦の代名詞ともなっていて、吉原以外での売春行為をすると・・・吉原に収容されて死ぬまで働かされるのが原則とされていたのだが、尼さん姿だと吉原に送られないという利点があった為に、生活の知恵で風俗化したものとされた。
江戸時代・・・、山の獣肉を売る店が増えて、幕府の目を誤魔化す為にもそれは 山鯨 (やまくじら) と看板を掲げる事が常識となっていた。鯨とは勿論獣肉のこと・・・、これは京都や大阪・江戸に限らず広く行われていたらしい。その山鯨の看板を浮世絵に描いたのも歌川広重という人物で、その題名も
びくにはし雪中というものだ。
そう・・・、先ほど書いた比丘尼橋のあった場所での事。
雪が降っても商売に出なければならない比丘尼達が、山鯨で身を暖めて客の袖を引く舞台が描かれている。
その絵の背景になっている濠ひとつ隔てた大名小路に、主君の参勤のお供をして江戸にやって来た武士達が、乏しい給金の中より比丘尼を買う。その互いに暖を取り合う場所というのは、商家の軒先などであったということだ。 大河ドラマの中でも、吉原以外での町中での身を売る女たちの事が、問題視された発言場面があったけど、
そうでもしないと生きてゆけない時代背景もあったのだった。
ちなみに昔聞いた話しでは、生娘らを商売女に仕立てる初めの事柄に、彼女らの股の奥に乾燥した海藻を詰め込み。
水を与えて膨らませて事を終わらせる。
確かにいきなり無理やり貫通式をやるわけにもいかない・・・なんせ、商売道具の女性達でもあるからね。
そうした乾燥したワカメとか海藻類って、昔はその要領を応用して爆弾にも使われたとした話も聞いたことがあったけどね。
この貫通式って、女にしかわからない痛みかもね。
瀬川もそうゆうやり方だったかはわからないが、実際こうした道具を使っていたという話はあるようだ。










