思い出したアランの事(笑) | サンドリヨンのブログ☆正統派歴女いざ参る!

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先日79年度版のベルサイユのばらを見ていて、ふいに思い出した事があった。

 

最終話の第40話にて、バスティーユ後のオスカル死後。

不明となっていたオスカルの部下アランの居所がわかるシーン。

なんと彼は農夫になっていた!?(笑)

 

この事がわかってから、原作者の池田理代子さんはショックを受けて、これではその後のアランの物語に繋がらないと苦笑いだった事。それを不意に思い出して、思わずそりゃそうだなと私も笑ってしまった。(笑)

 

なんせアランは革命後は、あのナポレオンの下で働いていたからだ。(笑) でも1970年代の当時・・・・既に作者の頭の中にあったのかどうなのか?少なくとも読者の頭の中にはなかったと思う。うーん

 

 

テレビアニメ化にあたっては、作者は自身のアシスタント達に

先生アニメが始まりますよ・・・ と言われても、一度も当時見た事がないとインタビューに答えていました。

しかしその後のアランの姿を見てそりゃないわと思ったということは、その後のどこかのタイミングで、作者も79年度版のアニメを見たということになりますね。

それはいつ頃の話しなのか?平成か令和か・・・・。

でも私が目にしたアランの姿への思いは、多分平成の頃だったと思う。(笑)ウシシ

 

 

作者が令和版の映画を観て、自分の思う通りの作品となっていたと述べたのは、バスティーユ後の農夫姿がなかった事にもあるのかなと・・・(笑) まっ、多分私としてはある程度原作に沿って描かれた令和版の後半の衛兵隊での描き方と、アンドレの死に様オスカルとアンドレのベッドシーンなどが取り込まれた事による原作通りの描き方だったのではと思ってます。

 

 

なんせ79年度版では、原作を脱線して演出が行われて、二人が結ばれるのも川の畔の茂みの中?

衛兵隊でのアンドレとオスカルの描き方も、オリジナルなものが先行していたし。但し・・・私はそれはそれで結果的には1人ひとりの人間性を、深堀してその後の物語に行きつく為のエピソードの描き方だったとも思っていますけどね。

突然何故この人がそうゆう風に傾いていったのか・・・などとした。

疑問よりも自然にそうなるべき事だったんだよねと、子供から大人まで原作を知らなくとも納得いける演出だったのではと、原作を知る人間としてはそれは違うよ許せないと思う事も、知らない人には目で見て物語への理解を深めてもらう為の演出。

 

だからあの人はこうなったんだなと・・・・ニコニコ

 

 

アンドレの死後オスカルがパリの町を孤独と絶望と悲しみに暮れながら、ひとりの女として人間としてさ迷い歩く姿には、愛する人を失ったオスカルの感情が見え隠れしていて、原作での翌日いきなりバスティーユへ向かうだけの姿よりも、きっとオスカルならばそうゆう事もあったかもねと思わす演出だと思った。

この時も隊長であるオスカルの事を心配して、そっとマントを羽織らせたアランの男っぷりには泣ける。

 

オスカルは凛々しく強く美しい人だと形容詞する人もいるが、ひとりの女として愛を知って愛しい人を目の前で失う事の悲しい出来事には、そんな場面でも凛々しく強く美しい人・・・なんて理想過ぎると思いませんか? 令和版の映画を観た人の中にも、涙を流す回数に映画のオスカルが女々しすぎるとコメント残している人もいましたが、私はちっとも女々しいとは思いませんよ。だって彼女は女ですもの・・・

 

 

女々しいの使い方がおかしいでしょ。真顔

 

 

問題の男アランが、傷心のアンドレに同情して見るに見かねて、衛兵隊でにオスカルの部屋を訪ねてこいつが俺の妹と付き合いたいと、それを聞いたオスカルは素っ気ない態度で、アンドレがそうしたいならって別に反対はしないとした事を告げる。

それを聞いて余計に傷つくアンドレと、あいつは脈がないとアンドレに諦めた方がいいぞというような態度をとるアラン。

こんなシーンも原作にはない演出だが、年下のアランがひ弱な兄ちゃんのアンドレの面倒をみようとするなど、あり得ない事もないんじゃないかって、思うに原作6巻でオスカルが求婚パーティーを開かれた際。

アンドレの姿はどこにもない・・・・キョロキョロ

 

彼はどこで何をしていたのか?

 

 

その時彼はひとりだったのか、もしや困った兄ちゃんを心配する弟分のしっかり者アランが側で慰めてはいなかったか・・って、原作では描かれなかったエピソードの中に、それぞれの人間性の深みがあるのではと思うのである。

第13話 アラスの風よ応えて・・・ では、原作よりも深みを持たせた演出で、オスカルがその後に民衆や農夫達の苦悩や苦しい生活を知って実感し。少しずつだが彼らの方へと考え方が近寄っていくエピソードともなっている。 この回の事はオスカルにもアンドレにも思い出に残るジャルジェ家の領地への旅だったとみえて、

 

 

革命時アンドレが死に行く時に、オスカルは彼に語り掛けている。

 

 

いつかアラスへ行ったとき、2人で日の出を見た

あの日の出をもう一度見よう・・・アンドレ

あの素晴らしかった朝日を2人で、出会ってそして生きて・・・

本当に良かったと思いながら・・・

 

ここまで遠い昔の2人だけの事を覚えているなんて、泣けるじゃないかオスカルよ。アンドレがアランの妹と付き合いたいと聞いた時には、冷たく突き放したような言葉を投げかけたのに、本当は2人だけの出来事もちゃんと大切にしていたなんて、凛々しく強く美しくだけのオスカルではないんだよ。上差し

 

長く一緒に暮らしていて、片時も離れず側にいるアンドレの右目の事を、彼が死に行く時まで気づかなかったなんて、そりゃあんまりじゃないかオスカル・・・な原作。

その原作中では、アンドレの祖母でありオスカルのばあやであるマロンでさえ、オスカルの父でさえ・・・・。アンドレのおかしな行動に、目の事を気にかけているのに、オスカルは気づかなかったのか?

 

いくら忙しい・・考える事も多かったとしても・・・

ところがアニメ版のオスカルは、自身が病の事で医師を訪ねた時に、その医師からアンドレの症状の事を聞かされて、初めてアンドレの右目の事を気にかけ始めている。

そこからは衛兵隊でのオスカルの部屋にアンドレを呼び出し、壁際にもたれかかって息を殺して彼を待つ姿。部屋に入るなりそこにオスカルがいるんだと思って、窓辺の椅子に向かって話しかけるも、返事が返らない事に・・人を呼び出しておいてと立ち去る姿に、オスカルは悲しみに暮れてしまう。真顔

 

 

その後外へ出たアンドレを追うように、さて・・・窓から飛び出したのか裏口からやって来たのか、先回りしたオスカルが現れてアンドレの手を取り近頃は物騒だから、一緒にジャルジェ家へ帰ろう。

供をしてくれと平気を装い話しかけている。

この時のアンドレが嬉しそうにうなずくシーンには、2人を見ていてなんだか胸が熱くなる思いだ。

 

結局その後オスカルはアンドレによくも騙していたなと、目が見えなくなり始めている事を気づいていたと告るんだが、その後も衛兵隊に戻りパリへの出撃前の兵舎内で、2人はアラン達に自分はアンドレの妻となったと告白する。

 

驚きながらも嬉しそうな部下たちから祝福の言葉を貰う2人。

 

 

こんなシーンも原作にはないけれど、大人になって年を重ねて見ていると、本来はまだ誰からも祝福されないであろう2人の事を、身近な者達からおめでとうと言ってもらえる事は、はにかみながらも嬉しそうな2人の表情からも伺いしれた。それゆえのその後の2人それぞれの別れのシーンには、オスカルの部下であったアラン達も、どれほどの悲しみを衝撃をうけたのかと察してしまう。

 

淡々と物語を進めていくのもいいが、別の角度から見る人間としての彼らそれぞれのキャラクターの人生も面白いものだ。

後に作者が描き切れなかったとした主要人物達の空白の時間やその後の人生を、エピソード編として発表したように、私にはまだまだ描いて欲しいエピソードがまだありはしないかと想像してしまう。

作者がなくても、我々ファンのひとりひとりの胸の中に頭の中に、それぞれの思いがあると思うよ。

 

 

ところでさぁ・・・・、3月13日に公開が終わっている殆どの地方なのに、その後2度の映画告知のこのCMを番組の間に見た。

 

えっ!?映画終わっているのに、なんでこんな今になって予告をやってんの?っておもったわけね。(苦笑)

しかも時々ネットのニュース欄にも、映画を観ましたとしたコメントがあがってくる。前にも書いたけど、私の住む県では一度も予告CMを見た事がなくて、おもいきり今かいな!ってツッコミ入れてしまう。(笑)

 

調べたら・・・数日前のもので、東北2ヵ所九州では福岡そして主には関東・中部・関西圏限定の現在公開中となっている。

しかもまた応援声出し上映などと呼びかけも入っていた。

もうそれほど興行収入も入らんのだから、しつこいぐらいに公開しないで早くDVDだして、そっちで稼いだらどうだろうね。

この映画は、初めから宣伝からして失敗してると思うし、作品作りでも同人誌のノリで趣味が先行してしまい。万人受けは難しい作品となってしまったと思うよ。ファンだからこそそこが悲しすぎるわ。笑い泣き

 

途中退場続出トイレにも立つ人多数。

普通にアニメ映画なのに、アニメでそうゆう現象あるものなの?

実写版ならばわかるけど・・・・

 

 

今時の映画の上映時間としては、当たり前の2時間なのに・・・・

 

 

まっ、もしも次があるならば・・・その時は別の監督と脚本家そして演出で、正統なる作品として観てみたいものだ。

いや、もう無いやろけど・・・・監督や脚本家がコメディー路線が得意そうなので、原作でのまんまコメディー場面な演出描き方は上手いとおもったが、我々古参なベルばらファンは、別にコメディー見たい訳ではないし、漫画原作をそのまんま映画として観たかったわけでもないし、大人の映画として歴史ロマンとして、頑張って欲しかったな。

アニメだから・・・真面目にやるよりマンガっぽくの方が・・・と思っていたならば、あの原作の凄さをまだまだ理解できてないと思うよ。

そう思えば、昔のアニメの監督や演出・キャラデザインやアニメーターさんらは凄かったなって思うね。今の人は真似できないよ。

デジタル映像は発達しても、人をひとり描き切る事は理解が追いついてないと・・・。原作の素晴らしさだけをピックアップしても、人間としてのキャラクターの生き様は、描き切れないと思った。

しんちゃんやドラえもんとかそうした小さい子が応援するような映画ならわかるが、コンサート映画でもないのにベルばらであの物語の展開で何声出し応援グッズ持ち込み歌に合わせて振りつけOKとか、段々と馬鹿にされていくようでもう古参ファンとしては目も当てられない。(笑) Amazonで検索すれば、無料で貰えた入場者プレゼントの複製原稿は3千円近い値で売られているし、パンフレットも同じぐらいの値段。おまけにタダで劇場で好きなだけ手にできた映画のチラシさえ、500円とかの値がついている。

 

 

もちろん誰も買わないと思いたいが、ファンとしては余りにも悲しすぎる現実にショックしかない。

 

 

はりきって前売り買ってその枚数分プレゼントも貰ってしまったから、売りに出そうと思った人もいるんだろうが、本当のファンならばそんな値をつけて売るというよりも、欲しい人に思いを伝えて手渡すと思うよ。高額転売のチケットでは、某会社組織が高額転売した人間の名前と住所を公開法的に処理すると言っていたが、こうゆう映画とか何かのグッズにしても、元は無料のモノに高額の値をつけて売りさばく。

こうゆうのも問題ではと思うよね。

映画会社さんももう少し注意すべきことではと思うよ。

 

 

百均で売られていたベルばら商品も、高額転売されとるしね・・・

買う人いるのかな?いたとしても海外の人ぐらいでしょ。(笑)

日本人元値がわかっているだけに、買わないよね・・・(笑)

 

因みに令和版での豪華な声優陣達。

 

ナウシカの島本さんなんて、オスカルの母親役だけどワンシーンしか台詞がない。

 

そうゆう豪華声優陣達をキャストに迎えていても、台詞の少なさや絡みのなさもなんかベテラン声優さん達に、申し訳ないなと思う私でした。そうゆう時は、キャストの名前のところに、友情出演とか特別出演と付け加えるのが良いんではないかな。(笑)

 

ちなみにテレビCM見て気がついたが、ベルばらの映画・・今回はフジテレビが協賛しているんだね。東宝さんも・・・ここまでしつこく上映するとはびっくりしました。(笑)人気で話題作で公開続行ならわかるが、地方では稼げないからもはや首都圏や都市部での上映でお金稼ぎます。てなところが見えて、興ざめですわ・・・・(笑) 

TOHOシネマズは、入場者プレゼントの品切れとかお知らせが見れるんだけど、一度も私の住む街では品切れとなっていなかった事。

これも悲しいと思ったね・・・。

令和版は映画の後半部分だけまぁまぁ良かったと述べておきます。

 

あと、歌はアンドレの声優さんが上手いと思ったし、歌無しの音楽だけの演出で十分観れる映画だったと思ってる。

 

何度も書くが・・・

作曲者の腕は確かですね。声優さんには文句はないが、歌はいらなかったよ・・・それはイメージアルバムとして、CDに入れたらよかったと思いますね。せっかくの素晴らしいBGM曲があるのに、ヘタな演出で記憶に残る部分が歌入りとなってしまったのは、ちょっと残念だよ。

 

これがその私がお勧めするBGMサントラ版の方です。

歌入りはもうひとつのサントラ版でどうぞ・・・

 

少しずつ曲の頭出しを聞く事ができます。全曲ではないが・・・・

進撃の巨人も作曲されたとの事で、重厚な歴史を語るような曲調は素晴らしいと思いますよ。特に私は30番のバスティーユへの曲が好きですね。映画の場面も浮かぶので・・・・

 

あぁ~~、ベルばら愛が溢れて又長々と書いてしまった。(笑)ゲラゲラ笑い