いよいよモニターツアーも最終回となりました。
題名にあるように、このツアーの最後を飾るのは 雪 の両子寺です。![]()
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これほどまでの雪を見たのは、私も数年ぶりの事で・・・・・
私以外の方々も、意外にけっこう喜んでいました。![]()
寒いけど我慢できない程の寒さでもなくて、丁度いい感じの冬の日でした。 多分これがもっと寒かったら、皆バスの外に出て動き回る事さえ控えたかもしれない。
前回の熊野摩崖仏といい広大な宇佐神宮といい・・・・あの距離を歩く事もできなかったかもとも思う。(笑)
それぞれがそれぞれに、いい思い出を残す事ができて良かったと思います。 各バス乗り場より乗車すると、ガイドさんは目的地までのスケジュールと行動計画などを話してくれます。
そしてお昼の食事時の予約などを取り付けて、旅のガイドは車中から目的地へ向かう間も、道沿いに見えてくる歴史や文化などを話してくれて、目的地に到着すると初めに簡単な行動説明と、その施設や史跡入口付近まで同行して、大体はそこまでで終わりです。![]()
現地でのよくガイドさんが、旗を持って行動するような姿はありません。 今回は真木大堂内まではついてきてくれて、展示されている仏像の詳しい説明をしてくれましたが、それ以外では少しだけ関わってくれるだけです。 富貴寺では、お坊さん自身の説明があったし、宇佐宮はお参りです。![]()
なのでここで詳しく書いている文化歴史の説明の、ここまでの詳しい情報は私個人の情報で、ガイドさんはもっとわかりやすく短めの情報だけくれます。 決められた時間内であれば、自由に行動ができるツアーだと思って下さい。
そのバスが、 毎日 もしくは 日曜・祝日 と期間で運行となっているんです。 詳しい情報は後で載せておきますね。![]()
両子寺は四季を通して観光客がよく訪れる場所です。
六郷満山の中には、知恵の神で有名な 文殊寺 と共に、まず先にあげられる観光地だと思いますよ。![]()
昔ね、多分ここだったと思うけど、まだお子さんがいなかった頃に、今の天皇御夫婦が皇太子夫妻だった頃に訪れて、寺の方々が祈祷をしたとかで、その後お子さんが授かったとした、写真付きの紹介がされていました。 そうそのお子さんとは今年20歳を迎えた 愛子様 。
ここは 子宝 に関する御利益があるというお寺さんで、堂内にも沢山の御礼参りの品々が置かれていました。![]()
ガイドさんの話しでは、33人の人間が切りそろえた布を、貼り合わせたようにして縫い。 それに決められた重さのお米を入れて、寺に奉納するんだそうです。 布は決められたcmにカットして、パッチワークのように縫い合わせて、巾着袋を作りそれに米を入れてここへ持ってくるんです。 32人までは自分の知り合いや家族など・・・・
あとの1枚は御自分達が用意する。
御礼参りには、生まれたお子さんの顔写真と、御礼の手紙なども添えられていました。 ![]()
新緑の頃も綺麗ですが、やはりもっとも綺麗な風景を見る事が秋の
紅葉 の頃でしょう。 その頃にはもっとも多くの観光客が訪れる・・・・国東半島の最高峰の両子山の中腹にある寺は、六郷満山の中の中心的場所と言われるほどに、その敷地も広くて写真の奥へと続く道を進むと、そこにはまだ奥の院が存在しています。
結局私達は、突然の大雪に足元も大変だと、そこまでは行きませんでしたが、普段ならばそこまでの散策も可能だと言う事です。
本堂での寺と仏像の説明を受けて、この時もガイドさんが軽く説明してくれたんですが、その後すぐ解散して思い思いの時間までの行動となりました。
両子寺には、こうした仁王が立つ門があってね。 立派な仁王が両サイドにあるんですが、その奥に見えている古風な門と共に、よく写真を撮る人も多いんです。
ですがこの門まで辿り着くには、両子寺の一般的な広い駐車場からだと、一旦来た道を下り下りて車道の登り口付近まで来ることとなります。 それくらいちょっと離れているんですよね。
この写真は、以前来た時に撮ったものだけれど、駐車場にて仁王門への散策を試みた人もいたようです。
残った人達が本堂の中へと向かった・・・・・
雪が降り積もる・・・道は大変だったろうなぁ~~。![]()
仁王のいる門へは、両子寺近くまで車で行って、トイレのある広めの駐車場から、トイレを背にして右奥の垣根の切れ目から外へ出て、右手に長い坂を下ればその先に門が見えてきます。![]()
新緑や紅葉の時は、いい感じの坂道です。![]()
718年 六郷満山開祖とも言うべき 仁間菩薩 が開いた寺院であり、敷地内には本堂の他に 護摩堂 奥の院 先ほどの仁王と 綜合門 等があり、古刹として古き時代を今に伝えています。 奥の院への道には、 庫裏 客殿 鐘楼 や 稲荷社 講堂跡 があり・・・その奥の院の入口には、高さ 4,5m の石造国東塔が立っています。 この国東塔は県の文化財です。![]()
江戸期には杵築藩 松平家 の祈願所となり、六郷満山の中心寺院となりました。 石造の仁王像はあ・うん共に高さ 2,3m 程あり、なかなか力強い威厳を保っています。
これだけでもここを訪れる人が多い理由がわかると思いますが、ここには半島に伝わる年頭の法会として行われていた。
修正鬼会 (しゅじょおにえ) と言われる行事にて使われた鬼の面が荒鬼6面 と 鈴鬼2面 が伝わっています。
この内木造鈴鬼面 (県文化財) は、元和四年 (1618) の銘をもつ。
ここでちょっと予備知識です。![]()
修正鬼会とは・・・・
旧正月に赤鬼と黒鬼が松明を持って暴れまわり、国の安泰と五穀豊穣や万民快楽を祈願する仏教行の事です。 六郷満山を開いた仁聞が717~24年に「鬼会式」6巻を、六郷28ヵ寺の僧侶に預けた事が始まりだと言われています。
鬼会の鬼は人々に 幸せをもたらしてくれる 良い鬼で、赤鬼は災難を払う鬼として 愛染明王の化身 ・・・・
黒鬼は鎮めの鬼で、 不動明王の化身 とされました。
江戸期には20ヵ所の寺で行われていた行事も、現在ではその数をグッと減らしてしまい。 国東市の 岩戸寺 成仏寺 と、豊後高田市の 天念寺 のわずか3ヵ所となってしまいました。
旧暦正月には、全国の主な寺院で年初めの祈願式として修正会が行われ。 国東での鬼会もその1つの形だといった事です。
作法も修法も様々ですが、国東では修験道の呪詛要素も加わった独特な行事として行われてきました。
かつて全ての寺院で行われていた名残の鬼面は、現在およそ百面が20余りの寺に残されています。
隔年とごとに持ち回りで行われる修正鬼会は、午前10時過ぎに僧侶が 災払鬼 荒鬼 鎮鬼 の3人の鬼に扮して登場。
鬼は仏や先祖の化身とされて、多くの参拝者や観光客らの背中や肩を、火を灯した松明で叩き。 無病息災や祈祷を行います。
この様子はかなり迫力があるものです。![]()
私もまだ生で見た事はないのですが、映像を見る限り他には見られない行事として、記憶に残るものだと思いました。
日中から始まり夜遅くまで、最後は寺を飛び出し鬼が、地区の家々をまわり深夜まで、住人らからもてなしを受けるそうです。
真冬に外で行われる行事なので、目の前の火の勢いと共に、寒さにも耐えるイベントです。(笑)
いつもならばバスツアーなんかもあるようですが、コロナ禍になってからは昨年も今年もリモートでの開催となり、無観客での開催となるそうだ。 この行事は 2018年5月 には、 日本遺産 に認定されました。![]()
数年前に地区の過疎化や高齢化で、普段通りの鬼会を行う事が難となってきたと、3つの寺が豊後高田市の天念寺以外の2つの寺で、
一年おきの西暦奇数年旧暦1月7日に岩戸寺が、偶数年の旧暦1月5日には成仏寺にて、開催する事が決まりました。
天念寺の場合は、今年は2月上旬~中旬頃にリモート開催が予定されていて、現在このイベント開催に伴う資金を、クラウドファンディングでと 豊後高田市公式観光サイト からも呼びかけています。 寄付の金額に寄っての返礼品なども紹介されています。
鬼会には色んな道具を制作したり、多くの僧侶に来てもらったりと、多額の費用がかかるんだそうです。
例年も各所を回って、寄付をお願いしているそうですが、今年はそれも難しいとの事。
開催日時などは、HPなどで確認して下さい。
どうもHPによっては、天念寺での開催時期がいくつかあって、はっきりしないので・・・・(笑) どれも関連のHPなんだけどなぁ~~。![]()
参加できるといった方は、
「日本遺産 鬼が仏になった里 くにさき」 特設サイト・鬼のクラウドファンディング の方でお願いします。
また興味ある方も、一度覗いて見て下さいね。
かなり荒く激しい行事です。(笑)
鬼や僧侶や関係者らの行いも凄いけど、それを真近で見守るギャラリー達の姿にも、ヒヤヒヤします。(笑) ![]()
帰りのバスの中で、ガイドさんが参加者らに手渡してくれたお土産。
このツアー・・・、記念品付 と普段から付いているようです。
こちらは普段行われているこのツアー (モニターツアーではない) のチラシです。 今回私が参加したのが、左手の「国東半島史跡めぐり」
こちらは毎日運行していて、もう1つの 景勝 耶馬渓 の方は、
日曜・祝日運行 10月は土日祝日運行 11月は毎日 という事です。 どちらも 予約制 ですが、当日空席があれば乗る事も可能だそうです。![]()
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金額の中には拝観料も含まれていますが、お昼の食事代だけは個人で負担となります。
定期観光バスの予約や案内は、 大分交通 新川バスセンター
TEL: 097-534-7455 大分営業所 097-534-8214
別府営業所 0977-67-1331 大分交通のHPでどうぞ・・・・
大分に旅行した人でも、バスで簡単にツアーして歴史や文化を感じたいとした人にも、重宝する定期観光バスだと思いますよ。
乗車地と降車地の組み合わせ (駅・港・空港) で色んなプランが可能になる案内もあるそうです。
バスの座席背もたれのポケットには、こんなものも入っていました。
ガイドが伴わない場所でも、こうしたものがあると、観光客などには喜ばれるかも・・・・。![]()
雪の山形県米沢市を旅した時に、あちらの人達が九州や四国に対して、雪が降らないだろうとした思いがあるんだと知りました。
降ってもちらほら・・・てな感じなんだろう。(笑)
でもね、九州にも四国にも、有名なスキー場があるしこうして降る時は降るんだよと伝えると、本当に大変驚かれていた事を思い出します。
数分でこんな感じで、このまま立っていたら・・・・
雪女になりそうなくらいに、けっこう大きな雪粒が降って来ていました。
高知でもね、実家のある山間部でも、もうこんなに雪が降る事は、数年か数十年に1度か2度しかありませんけどね。
その1度か2度の時は、本当にまとめてドカって降るんですよ。
ちらほらならけっこうあるんだけど、降り積もるくらいの雪の事ね。
山形の女の子とお話しをしたら、やっぱあちらの方は女性でも、自分で雪用のタイヤに換える事ができると言って、おまけにそれ用の保管場所も、アパートにはついていると言っていた。
保管場所がない所は、近くのスタンドとかに頼むんだとか・・・・
それだけでも凄いなぁ~~って感心したけど、普段から雪の多い地方の人って、それが当たり前なんだよね。
でないと暮らしていけない・・・・・、北海道ではアパートにストーブかコタツがついていると、友人から聞いた事もあった。
比較的暖かい西日本の生まれで良かったよ。(笑)
でも、雪を見ると子供みたいに嬉しくなる大人も、西日本にもいるんだよ。(笑) ![]()
両子寺を出て気がつくと、あっという間に空港道路といった自動車道を通って、杵築市のお隣の 日出町 まで帰って来ていました。(笑)
正面に突起して見える山は 高崎山 ・・・・
大分県でもお猿さんが観光客を楽しませているところです。
目の前は別府湾・・・湾曲している右側奥に別府市があって、私達は途中2名のお客さんを降ろして、高崎山の向こう側。
薄く見えている山の左手・・・・大分市まで帰りました。![]()
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別府市には 別府タワー なるものがあります。
数年前に、こちらも内部を紹介しましたが、日本でもあの有名な
東京タワー らと兄弟となるタワーなんですよ。
歴史的にも古くて、日本では3つの指に入るタワーの1つなんです。
地元の方も、あまり上る事はないようですけどね。
なかなかいい眺めですよ。(笑)
大分市の入口・・・・ここより街中へと繋がっていくんだけど、この入り口の看板に前は黄色い鳥さんがいたんだけど、いつの間にか変わったんだね。 あの黄色い看板を見ると、あぁ~・・・大分市に帰って来たって、運転席から見ていたんだけど・・・・・![]()














