リブログです。
フォローしているShiiz00さんのブログを読んで思い出しました。
インド人のお友達が、帰省した時のお土産に籠のバッグをくれた時のことです。
「うわぁ可愛いありがとう!そうだ、ヒンズー語でありがとうってなんていうの?ヒンズー語で言いたい!」
すると、そこにいたインド人の2人は困ったように顔を見合わせて
「ありがとうって言葉はあるけど、この場合は言わない」
「ありがとうって、そもそも、そんなに言わないなあ。」って、口々に言うのです。
え???
2人は続けて、「アメリカ人もよくThank youって言うよね、そうか、日本人も、そうなのか」
「私たちインド人は、感謝しない失礼な人たちなのよ😆」
と、最後は冗談で爆笑して終わりました。最後まで、ヒンズー語でのありがとうは言えませんでした。
もちろん私の知っているインド人のお友達は、みんな礼節を大切にする礼儀正しい人たちです。
あ、ひと家族いたな。お金の絡むことで、嫌な思いをしたことがあります。でも、それは例外!
インドは、日本より、更に、集団社会主義の価値観 (collectivistic society value) が強い国なので、お互いに助け合う事は当たり前で、だからわざわざありがとうって言わないのかな?と思いました。
ところで、Shizu さんが書かれているRaksha Bandhan、ラクシャバンタンという、8月にあるインドの祝日についてです。
兄弟姉妹の絆を祝うという日だとインド人のお友達が教えてくれて、「こういうのだよ」ってミサンガのような紐を見せてくれたことがあります。
一人っ子、または、子供が2人や3人でも、男の子だけ、女の子だけの家庭の、お祝いではないわけです。
跡継ぎである男子を産んで当然、そして女の子ももちろん産んでください、という昔の風習が残っているのかな。
文化、風習と言えば、学校の授業では、父の日、母の日について、やらないことにしてから、7年ほどが経ちます。
教え始めて数年は、文化の一つだ!と思って張り切ってレッスンプランを作って一コマの授業をしていました。
その数年のうちに、離婚してお父さんやお母さんと離れ離れで住んでいる子、最初からシングルマザーやシングルファーザーのおうち、おばあちゃんと2人暮らしの子、それはもう様々な状況だということが分かってきました。
おうちでそれぞれで祝う事で、授業でわざわざ外国語で、やる必要ゼロ!と思ってやめました。
あ、私は、家ではガンガン祝ってもらいたい派です😆
母の日も、父の日も、お母さん、お父さんありがとう!って思って、伝えます。
昔、ヒラリー・クリントンが、スピーチで
「文化という名の元に隠れている差別を許してはいけない」
と言っていたのを思いだしました。
「これは長年続く、大切な文化だから」
そう思い込んで、思考停止状態になり、結果的に生徒の気持ちを傷つけたりしないように気をつけなきゃなって思います。
読んでくださって、ありがとうございます♪



