No.59がなぜかしら消えてショックです〜
どこに行ったんだろう、、
そんなわけで、覚えている限り書き直しです。
順不同ですいません。
大部屋では、まめた以外、皆小学生以上だったので、
朝の9時ぐらいから皆勉強モードでした。
ベッド上で自主学習をしたり、
院内学級にでかけたり。
院内学級は病室とは別の場所にあり、ほぼマンツーマンで先生とお勉強してました
兄ちゃんたちがお勉強の時間のときは、
まめたくんもテレビを消したり、
プレールームに遊びに行ったりと、お勉強の邪魔をしないようにしてました。
個室と違い、生活にメリハリができて、良かったです
昼ぐらいから自由時間になるので、
同室の子たちで、スイッチの中でマリオカートで対戦したり、
マイクラで世界を共有したりしてました。
入院=ゲームでしたね!
女子は、折り紙折ったりして、過ごしている子もいましたが。
看護師さんもゲームができたり、ゲームが詳しい人が子どもたちには人気でした!笑
して、この時期のまめたくんは、メソトレキセートのせいなのか、
だるくて、
でも眠れなくて、
ずーーーーっと泣いてて、
私の疲労度がMAX!
おしゃぶりも抱っこ紐でも泣いてだめで、
眠剤(小児の場合は痒み止め)もだめで、
特に0時ぐらいから6時ぐらいまで、ギャン泣きが酷くて
泣き声かわいいね〜
って同室のお母さんたち言ってくれてたのに、この時間帯の泣き声、ほぼ怪獣レベル
移動したばかりだったし、
泣きかたも尋常じゃなかったので、
担当看護師と相談して、
移動後2週間ぐらい、消灯後はIC室で過ごさせてもらいました。
IC室は狭く、ベッドの移動が難しかったので、
床にマットを敷いて、まめたと一緒に寝ていました。
しかし、この頃のまめたは、寝返りが上手で、
ぎゃーぎゃー喚きながら、
マットから落ちそうになるので、
このIC室にいる間は私も一睡もできずでして


もちろん、昼間も眠らずで。
3日間連続で眠れなかった日には、
さすがに疲れて、
吐き気もひどく(吐き気止め飲み)、
メンタルも落ち込み


もう死にそうで
私が。
そんなこんなで、
泣こうが喚こうが、病室で過ごさせてもらうことにしました
病室にいれば、ベッド柵をたてられるので、
どんなに暴れても落ちることはないので、
まだ落ち着いて休まりました。
私が。笑
来たばっかりなのにこんなに眠りを妨げて、申し訳ないと、
同じ部屋のお母様方にすいません
としょっちゅう謝ってました。
そしたら、「みんな、赤ちゃん経験してるから、ぜんぜん気にしないよ〜。むしろ泣き声もかわいいね」と言ってくださり
たまに、同室のお兄さんたちにも聞いてみると、
「眠れないこともあるけど、まめちゃん可愛いから大丈夫だよ」と言ってくれてました。
みんな、同じ闘病生活をしてるのに、眠りを妨げて申し訳ないと思ってましたが、
まめたが寝てる時も兄ちゃんたちはテレビをつけてるときもあり、
そんなに気にしすぎなくてもお互い様で大丈夫なんだなぁと徐々に気持ちがなってきました。
そして、慣れると生活音みたいになるのかな?
他の人の気配に安心してました
もう〜、、
今考えても、共に生活してきた
この時の闘病メンバーは(同じ病室じゃなくても)自分にとっては第二の家族みたいな感じです
