最近、朝の通勤中に

入学式に向かう親子、

初めてランドセルを背負って、学校へ向かう子どもをたくさんみる。



まめたがもし生きてたら、

今年小学生になっていた。


ちょっと前までは、

まめたと同じ年の子は

皆まめたみたいだと思っていた。


そう思うと、なんだか救われるし、

まめたの分までその子たちを見守っていきたいと思う。


だけど、今日、

10歳ぐらいの男の子と

新一年生の子が、

お母さんに向けてピースを向けて写真を撮っていた。




それをみて、

私が見たかったシーン、


どんなに望んでも手に入らないシーンをみた。




移植が無事に終わって、

病院も通院になって、

小学生になって、

まめきちと2人で学校に行くシーン。 

それを心の底から喜んでいる自分。


安らかな気持ちでいたい反面、

悲しさと悔しさで心がいっぱいになる。



ちょっと前まではそんな気持ちになってはいけないと、何度も思ったが、


今はその気持ちも大事なものだと思っている。


そんな気持ちがあるから、


まだ私は原因不明と言われている白血病の原因を探し続けているし、

治療法がこれしかなかったのかと、色んな本を読んでいる。

誰にもあんな気持ちにさせてはいけないと思っている。

病気になった子どもの親の気持ちを考えると心が痛くなる。


人間、単純なものじゃなくて、

いろんなものを天秤にかけながら、

生きているんだと

この年になって、

やっとわかった。


汚くて醜い感情も、人が聞いたら耳をふさぎたくなるだろう気持ちも

いろんな面で大事になるし、

時が立つと、それも必要なことだったんだと思う日が来ると思う。


子どもたちの生きる社会が明るくて、

生きやすい社会になりますように。