大学生になった娘は途端に忙しく、

今日は下の娘とふたりで晩ご飯。


めっちゃ族の下の娘は、

毎日その日あったことを話してくれる。



そんな娘と話していて気づいたのは、

この子は『主語はわたし』をナチュラルにやっているということ。




初めての高校参観も楽しかった



気づけば、

何かを話す時の主語が「誰か」になっている時がある。


◯◯が嫌がるから

みんなそうだから

普通はこうだから


それって、

本当の自分の気持ちじゃない。



高校生活が始まった下の娘は、

話す時の主語はいつも自分。


こんな人もいるけど、わたしはそれは嫌。

わたしはこれが好き。嫌い。

わたしはこう思うけど、そうじゃない人もいてもいい。


自分の人生を、

他人を主語にして話さない。


これって、

たぶんすごいことだ。


いつもいつも、

感嘆させられる。




主語を「わたし」にするって、

自分を生きること。



誰かの価値観に沿うことや場の空気を読むことがダメなわけじゃない。


それを選ぶときに、

「わたし」を主語にして選んだ自覚があるかないか。



わたしは、こう思う

わたしは、こうしたい

わたしは、これが好き


たったそれだけのことが、

とても勇気のいることだったりする。





自分を主語にすることは、わがままなことじゃない。


それは、

人生の舵をちゃんと自分で握っていくという、

静かな覚悟なんだと思う。