日航ジャンボ機墜落事故の遺族の方お二人が、日本航空に事故機のボイスレコーダーとフライトレコーダーなどの開示を求める訴訟を東京地方裁判所に起こしているそうです。
本日のマリンさんのブログ記事で知りましたので、リブログさせていただきます。
マリンさん、いつもありがとうございます。
同記事より、一部引用させていただきます。
1985年8月に起きた日航機が御巣鷹山に墜落した事故を覚えていますか?
このブログをご覧になられている方で、その頃、まだ生まれてなかった方もいるかと思われます。
その飛行機には、「上を向いて歩こう」で有名な歌手の坂本九と、日本版のOS「トロン」のエンジニア達17名が搭乗していたのです。
その事故は不可解な事が多く、いまだに、ボイスレコーダーとフライトレコーダーが、開示されていないとのことです。(中略)
日本航空123便は4名の生存者が出て、生存者の証言では、事故直後には、他にも多数の生存者がいたという。
8月12日の18時56分26秒に123便は群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根に不時着。
救護隊が遭難現場を発見したのは翌13日の4時で救出が始まったのが8時過ぎ。
1995年8月、当時123便を捜査したロッキードC-130輸送機に搭乗していた元在日アメリカ軍中尉は、同機が事故現場を特定していたこと、米軍座間基地から飛び立った救難ヘリが現場に到着していたこと、そして、日本政府がこの救難作業を断ったことを証言している。
(中略)
政府の指示で生存者を見殺しにしたという事実は、国際人道法に対する重大な違反であり国際犯罪だ。
しかし、官僚国家の日本で、政府が犯した犯罪を政府が明らかにするはずがない。
この事件は、国際刑事裁判所に訴追する案件である。
1985年8月に520人が犠牲になった日本航空123便墜落事故をめぐり、遺族2人が日本航空に事故機のボイスレコーダーとフライトレコーダーなどの開示を求める訴訟を東京地方裁判所に起こした。
訴訟を起こしたのは、事故機の副操縦士の姉の市原和子さんと事故で夫を亡くした吉備素子さん。
訴えよると、2人はこれまで、個人情報保護法やプライバシー権に基づきボイスレコーダーやフライトレコーダーのデータの開示を求めてきたが、日本航空がこれを拒否したのは違法だなどとして、全てのデータを開示するよう求めた。
(参考)日航ジャンボ機墜落事故に関する私の過去記事はこちらです。
真実が明らかになることを願っています。

