沖縄戦の情報は
検索でいくらでも出てくるかもしれないけど
私が知りたかったのは
ひめゆり学徒の女の子たちが
どんな気持ちで
何を考えながら
あの悲惨な時間を過ごしていたのか?
ということ。
彼女たちは本来は
学問に励み
穏やかな学園生活を送っていた
13〜19歳の女学生さんたち。
次第に授業の代わりに
戦争に向けた看護訓練等を受けるようになり
そしてついに
「お国のために尽くす時が来た」
と言われて
戦場に赴き、病院壕に配属されるのです。
そこでの彼女たちの仕事は
戦争で負傷した兵隊たちの
手当て、手術、食料の調達
そして亡くなった兵隊の埋葬
というのは、
パンフレットなどにも書いてある
事実です。
ただそれをどんな気持ちで
どんなに真剣にやっていたのか?
私は語り部さんや
ひめゆり学徒の生存者の声から
感じ取ろうとしました。
聞いたお話を文字にすることは
難しいのですが...
率直な感想としては
自分の家族でもない兵隊たちに
そんな気持ちで、
そこまで、していたのか。と。
例えば食糧調達とひとことで言っても
簡単なものではなくて
病院壕から遠く離れた場所まで
行かなくてはいけないんです。
文字通り米軍の砲弾が飛び交う中で
自分の命がどうなるか分からない中で
兵隊のために食糧を運びこみます。
本当は楽しい学園生活を
送れていたはずの彼女たち
大好きな家族に会いたい
穏やかな日々に戻りたい
そう願っているはずなのに。
でもそこで課せられた任務を
全うするのです。
これは
当時の教育の恐ろしさの
賜物なのかもしれないけれど
同時に、女性の強さや優しさを
感じずにはいられませんでした。
まだ若かった
彼女たちにどれくらい無限の未来が
広がっていたのでしょうか?
大好きな人と結婚して
彼や子どもたちを支えることだって
仕事で能力を発揮し
組織を支えることだって
何か、誰かを救いたいという気持ちで
商売を始めることだって
いくらでもできたと思うのです。
尽くすチカラ。
「◯◯のために」と
自分の利益を捨ててまでできることは
すごいパワフルなことですから。
といっても
現代の女性には
「◯◯のために」を優先させすぎて
自分の声を聞けなくなっている人が多いから
私はそれを指摘して
もっと自分を大切に、
と言うこともあるけれど。
でもそれが
自分を苦しめることだったり
度が過ぎなければ
とても美しくて素晴らしいことだと思うのです。
私も
「この人のために頑張ろう」
と思った時に
想像しなかったエネルギーが
湧いてくることがあります。
いろいろ言いましたが
今回感じたことは
自分の命がどうなるか分からない
そんな危機的状況下でも
女性の本来の強さや優しさ
他に尽くす力
そんなものが
いみじくも、
輝きを放っていたのだと。
それと同時に、
そんな強く優しかった彼女たちの未来が
どんなに明るかっただろうかと思うと
未来を失われた彼女たち
いま、命をいただいている私たち
じゃぁ、私はこの命をなんのために使うのだろうか?
それを本当に考えなくてはいけない
ということです。
私は戦争や歴史のこととか
いつもこういうセンシティブなことを
記事にすることがないので
(いまさら気づいた。笑)
まとまりのない文章になったかもしれませんが
書くのにドキドキしているので
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