随分と間があいてしまいました。
先日、実家のおじいちゃんが亡くなりました。
バイトが休みだったのもありおじいちゃんが危篤になってから2日間付き添うことができ通夜告別式でもしっかり見送ることができました。

危篤の連絡をもらい、駆けつけたその日は奇跡的に持ちこたえました。
病院に泊まっていたお母さんとおばちゃんに代わって、翌日昼からは妹とおばあちゃんと付き添いました。
ずっと苦しそうに息をしていたおじいちゃんの呼吸が止まったとき
心拍数が半分に下がっているのに
なんだか楽になったように見えました。

それから私がお母さんとおばちゃんに電話していた1〜2分の間に息を引き取りました。
5月11日17時46分。
私が部屋に戻った時 看護師さんからその時間を告げられて お母さんとおばちゃんが居ないけど、この時間でいいかと聞かれました。
はじめはなんのことかわかりませんでした。
おじいちゃんはまだあたたかくて
汗をかいていて
ただ呼吸が楽になって寝ているようだったから。
妹とおばあちゃんが崩れるようになっていて事態を飲み込みました。





おじいちゃんのお葬式は本当に近親者のみで執り行いました。
昔から筆まめなおじいちゃん、【自分史】なんかを書いていたので通夜の朝に探し出して展示させてもらいました。

他にも孫のアルバム、自分が死んだときに連絡すること、棺に入れるものなど、全部書いてありました。
電化製品に弱いおばあちゃんのために
エアコンの電池は単三、とか(笑)愛だね。



自分史には孫の成長の記録には特に気を配り、いい爺さんでいたいと書かれていました。
おじいちゃんは、いい爺さんどころか最強のおじいちゃんでした。
小学校の原爆学習で、おじいちゃん達に話を聞くという宿題があることを言うと
畳1畳分くらいのパネルを作ってくれたなぁ。あまりに完成度が高いので学校にそのまま持参し、しばらく教室にも展示されました。
マラソン大会にも、カメラを構えながら公園のベンチに登って大声で応援してくれてたなぁ…
成人式の時にも「愛  祝・成人」みたいな書き初めを書いてくれていたり。
思い出はつきません。いい思い出ばかり。



遺影の写真は、私の結婚式で私と2人で撮った写真から使いました。
当時おじいちゃんはもう目がほとんど見えていなかったけど、とても嬉しそうにしてくれていた時の写真。
皆んなに良い写真と言われて嬉しかったです。


今回お葬式を初めて体験して悲しいことだけではないんだなぁと思いました。
久しぶりに会った親戚とゆっくり話すことができました。
また四十九日にみんなで集まっておじいちゃんの思い出話をしたいな。


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おじいちゃんありがとうね。
ずっと大好きです。