あの日
「我が家、破産寸前です」
19歳のときに母から来たメッセージ・・・
こんにちは、人生を変えるビジネスコーチ田中紗代です
「紗代さんは元引きこもりって本当なんですか?」
「ネイルのチャンピオンだったってどう言うことなんですか」
と時々聞かれます。
なぜ、無学歴の引きこもりの
全てを恨むように生きていた私が
会社を作り、ネイル世界チャンピオンになり、
さまざまなメディアに出させていただき
本も出版し
社会をよくする会社を人生の中で50社作る!
と言う夢を追いかけ続けられているのか?
以前、インスタで
「サヨに書いてほしい本のテーマは?」と
アンケートを取らせていただいたら
ぶっちぎりで1番だったのが
[田中紗代]の自伝でした🫢
流石に、全国の本屋さんにそれを並べるのは
ちょっと違うと思うんで😂
代わりにここで書かせていただきます。
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私は山口県のごくごく一般的な
家庭の末っ子次女として生まれました。
父はサラリーマン
母はアルバイト、パート、正社員と年齢ごとにいろんな働き方をしていました。
家の隣に祖母が住んでいて「田中商店」と言う
昔は街中に良くあった日用品の商店をしていて
毎日学校から帰ってきたら
「ただいま」と
まずは、ばあちゃんのお店に寄って
店番の邪魔をしながら絵を描いている
そんな子供でした
一番古い記憶の一つが
あれは多分5歳くらい
5月の今くらい時期の土曜日
家族揃って昼食を食べていて
窓から風が入り
外の緑の香りを運んできてくれて
キラキラと輝く青空と雲
大好きな家族と、母が作ってくれた美味しいご飯
全てが揃っていて
人生で最高に幸せな瞬間だったと覚えています
その頃、母が口にしていて
私に刻まれている言葉は
「うちは貧乏だから」
と言う言葉。
そっか、うちは貧乏なんだ
子供サヨは素直に信じました
貧乏だから、欲しいものを買ってもらえなくても仕方ない
お姉ちゃんや従姉妹のお下がりでも
まあ仕方ないかな
でも、誕生日プレゼントも
いつもなんだか欲しいものと違うものばかり
確かに、ローンの支払いもあって
大変だったと思います。
でも、両親ともに働いていて、田舎とはいえ持ち家で土地もあって
「どうしようもないほど貧乏」
ではなかったと思うんですね
今にして思うと、子供はホイホイ物をねだるものなので
ただの断り文句だったんだろうなと思います。
でも、その時の私は
私の家はお金がない
お金が無いから、私が欲しいものは手に入らないと学んだのです
ここが私が自分で事業をする人生を選ぶ
1つ目のターニングポイントでした。
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そんな中起こった大事件。
11歳、節目はいつも5月にやってくる!
どーしても、どーしても学校に行きたくない!!!
成績は良い方、イジメにあった訳でもない、
苦手な事は体育くらい。
友達もいる、何も問題は無いはず
それなのに行きたくない
周りはもう、大混乱。
引きずって、無理やり連れて行こうとされても
泣き叫んで抵抗する
どうして行かないの?
聞かれても、自分でも分からない
とにかく嫌で嫌で嫌で仕方がない
どうしようも無くて、自分の部屋にバリケードをはって引きこもった
ドアの前に箪笥とベッドを移動させ、
誰も入れないようにして立て篭もり
家族がいない時間だけ、部屋から出る
それが最初は1ヶ月続いた
学校では「体調不良」と言う事にされていたらしく
クラスの人たちから「早く元気になってね」と寄せ書きが届いたけれど
直視できなくて、すぐに捨てた。
少し部屋から出るようになっても
家族と話すたびにイライラが止まらない
お風呂に入っているときに怒りが湧いて、ガラスのドアを蹴り破った
(私は軽症、ドアは張り替え😂第一発見者のお姉ちゃんのトラウマにしてしまったかもしれない)
最初はなんとか行かせようとしていた周りの大人も
少しずつ「行かせよう」と言う行動を
しなくなってきた
1日中家にいる、でも人とは会いたくない。
昼夜逆転生活が始まり、
深夜のテレビ番組とテレビゲームが私の友達になりました。
気がついたら卒業していた小学校。
一応渡された卒業証書も、ゴミ箱に直行させました
(後日、母が回収していた)
暗黒期に入ります。
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次は不登校からそこを脱してネイリストになるまでを書きたいんだけど
どうしよう・・・1本で収まらないかも。
実はメンタル安定まで10年かかってるんですよ
次もお楽しみに
1話 「我が家破産寸前です」はこちら
2話 「初出版は15歳だった」はこちら
3話 「高校中退は成功体験」はこちら
4話 「クレーム量産ネイリストになる」はこちら
5話 「経営者はヒーロー」はこちら
6話 「独立と同時に廃業の危機」はこちら
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こんな私でも今は「貢献できる人」になれたの😂
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