宇宙は大自然の創造してやまない力が満ち満ちている。

人間は生まれるまでは、大自然は自己みずからの想念の形に、
大自然の姿を造講して来たのであるが、

人間が神の創造力の自覚的意識的発想の中心として出現して来て以来は、
聖書は「審判は子に委ねられたり」とイエスは云っているのであるが、

宇宙の創造力をどんな形にあらわすかは、
人間(神の子)が出現して以来は、人間にその「想念」(創造の模型)の選択力が
与えられていると云う意味である。

自己自身の想念の相に自分の身辺の事が作られ、
自己自身の想念が選んだ通りの形に宇宙の創造力は働いてくれるのである。
爰に於て人間は宇宙の創造力の主人公となったのである。

宇宙にエネルギーが充ち満ちているのであって、
人間がエネルギ^を創造するのではないのである。

人間はそのエネルギーを物質化して自己の想念する位置に配置するのである。

人間は自己の欲する位置に必ずしもそのエネルギーを配置することは出来ない。

それを欲する位置に配置するのは、心の方面では心の法則に従わねばならないし、
物質の方面では物質の法則に従わねばならない。

尤も物質の法則を探求し、それを利用するのも心の力によるのであるから、
人間は物心両面に於ても心によって運命の支配者となるのである。

善き想念を意志強く持続し、そこから自然に動く叡智を意志強く実践して行く者が
人生の勝利者となるのである。

          
谷口雅春先生著  
「幸福を招く365章」より