「一言芳恩」のブログを書き始めて今日で1000回目になりました😊
もうすぐ(あと4ヶ月で)まる3年(通算6年)になります💦
自分でも信じられないくらいです💦
これまでありがとうございました(≧∇≦*)
そしてこれからもよろしくお願いします(*^^*)
今日のテーマは
『言葉感想文』
言葉が伝えようとしている本当の意味を、あくまで私個人の感想として伝えたいと思いました。f^^*)
日本語の単語の中には、その由来を知ると幸せな気分になる言葉があります。(^ ^)
皆さんも一語一語と向き合ってみて下さい。
きっと温かいものが胸に沸き上がります。
(*˙︶˙*)☆*°
今日のことばは
『波』
いま、使う人はいないですが、でも、ぜひお伝えしたい言葉が一つあります。
それは、古代に使われていた「なむ」という動詞。
その意味は「並ぶ」 です。
お伝えしたいのは、この動詞が「なみ」という言葉の語源だから……。
「なみ」といっても、海の波、「今年の暑さは例年なみ」と言うときのなみ、牛丼の並など、いろいろありますが、この「なむ」は、どうやらこれらすべてのもとなのです。
まず、並んでいる樹木。
「なむ」状態の木ですから「並木」です。
昔は、並んでいる蔵を指す「なみくら」という語も使われていました。
そして「並ぶ」の名詞形が「並び」であるように、「なむ」の名詞形は「なみ」。
だから、山が連なる様子は「山なみ」。
家屋が連なる様子は「家なみ」あるいは「屋なみ」。
「みんなが同じように」という意味で使われることの多い「軒なみ」も、もとは家の軒が並ぶ様子を表す言葉です。
そして、何かが並んでいる様子は「どれも程度が同じ」印象を抱かせるので「○○と同程度」という意味が派生し、そこから「世間なみ」「例年なみ」といった言葉が生まれました。
さらに、同程度であることは「特に優れていない」ことでもあるので、「上等でない」と言いたいときにも使われるようになり、ここから「並の人」といった言い方や、牛丼店などで用いられる等級「上・中・並」が生まれたわけです。
さて、忘れてならないのが海の波です。
私たちにとって、波は、 その高さのせいで船が転覆したり、 船上の人が船酔いになったりする苦労の種。
だから、水面の上下動のことばかり思ってしまうのですが、大昔の先祖たちは別のものを見ていたようです。
多くの語源辞典が採用しているのは、海を見れば沖から海岸まで水面の凸凹がきれいに並んでいる、 だから「なみ」と呼ばれた、という説です。
つまり、陸上に山や木が並んでいるのも、海上に水面の凸凹が並んでいるのも「なみ」。
なんとわかりやすい命名でしょう。
ではなぜ、山なみ、家なみと同じように「水なみ」と呼ばなかったのか?。
私の推理は……、
「並んでいるのは水ではなく、その凸凹、水の畝(うね)のようなもので、それを表す言葉がないから」。
また、そもそも海の波はあまりにも長く、広く、きれいに連なっているので、私たちは一つ一つの畝のことをほとんど意識せず、ただ、そのはるかな連なりを眺めるだけ……。
だから「なみ」としか言いようがなかったのかもしれません。
そんなふうに考えると、頭に何もつかない「なみ」は、海の波のスケールの大きさを伝える言葉のようにも思えます。
私は三十歳のころ、こうした「なみ」の語源に触れ、景色の見方が変わりました。
それまでは、海は海、陸は陸。
でもいまは、丘の上でも海岸でも、はるかに連なるもの·····山や木や家や波が織りなす「並びの美しさ」も鑑賞するようになりました。
そして、これらすべてを「なみ」 と呼んだ先祖たちは、そこに何を見ていたのだろうと思いを馳せるのです……。

