おはようございます。

あまのみこと☘️です。



発達障害の児童が増えて、

必要とする子が必要な教育が受けられない。

支援学校、支援学級が足りてない。

さて、この問題にどう取り組むか!



…ってことになっているらしいですね、日本の「世論」では。

世界ではインクルーシブ教育が一般的になって来ているというのに…

世界の流れに、絶賛逆行中。

さてさて、そういう世論に対して「体制を作ってる人たち」は困ってるんだろうなぁ。

…どうするつもりなんでしょうねぇ。





世界の流れにならってLGBTQとか多様性を認めることを、推し進めざるを得ない状況ですが、



日本でどうせ「多様性」とか言っても無駄なんだから、本当は多様性なんてすすめてる場合じゃないんだろうなぁと思います。



どんどん社会や教育に矛盾が出てきて、人格形成が歪になっていく気がしますけれど。



別に日本人が悪いって言ってる訳ではなく、人種、民族には長所短所、向き不向きがあるって話です。



ある一定の教育水準やシステムを社会全体で保つために、子どもの頃から人間を分け隔てて、「勉強についていけない子」に対して隔離教育を推奨してる民族なんですよ、日本人は。



土台がそれなんだもの。

多様性を受け入れることなんて到底無理なんじゃないですかね?

まるで、向いてない。



どうしても推し進めたいなら、

教育から抜本的に変えないと無理ですよね。



他人に迷惑をかけることに対して、ものすごい敏感で、迷惑をかけないことが正義であるみたいだから。



いや、実際にいろんな思いをした人、させられた人が思う所があるのは分かりますよ?



ただね、



「迷惑だから障害者は支援学校に行け」



と口にすることに対して、

多くの人に気後れや葛藤が全くないことには、本当にビックリします。

疑問を抱く人すら少ないみたいなのが。



まあ、日本は「そう」なんですよね。



海外で同じことを言ったら、

けしからん!

なんてレイシストだ!

そんなこと言って大丈夫?

やばいな、この人と関わらないでおこう。

…ってドン引きされるようなことでも、日本では普通なだけですよね。



善悪ではなくて、そういうメタ視点すら持ってない人が日本ではほとんどなだけですよね。



発達支援とは、一言で言えば「丁寧な子育て」だと思っています。



全ての子に、その子の個性に応じた「発達支援」が必要である筈なのですけれど、



画一的な教育のレベルを落としたくない日本では、正直、普通学級に通わせることは、ある意味「雑な教育」を施すことなんだと思います。



大人が子どもの個々の発達に合わせるのではなく、

子どもに「我々大人の決めたやり方(平均値)に合わせてきなさい」と矯正するシステム。



それで日本全体の学力は効率的に培われているという面もあります。



ただ、みんな勉強についていくのが精一杯で。

世の中にいろんな子がいるってことに対して、思いや考えをめぐらせる暇はありません。

少なくとも日本の学校は人格形成する場所ではないと思います。



日本でギフテッドなんかに生まれてしまったら超イバラの道だろうなぁ、とか思います。




発達障害が増えた?

違いますよ。

日本社会がより排他的になり、その人の個性を障害として摘発するようになっただけです。

発達の偏りは個性そのものであり、全く偏ってない人間など存在しない訳ですから。



インクルーシブの対義語はイクスクルーシブ(排除)です。

社会が障害者を増産しているだけです。

社会を構成しているのは、一人一人の人間です。



支援級や支援学校が増えたらいい?



なら、日本の「普通教育」を全部無くしてそちらに全振りするしかないんじゃないかしら。



学力を培うことも大事ですけれど、人間力を培うことも大事だと思うんですよね。

「普通」とか「一般的」とかいわれる教育では、そこがあまりにも「雑」だと思います。

理念とかポリシー、信念がない。



綺麗事だけ並べて、

人との関わりから逃げたい人ばかりだもの。



…まあ、分かるんですけれど。



今の世で、人情とか言ってたら酷い目に遭いそうですし、

他人からかけられる迷惑に過敏になっている世の中ですし、

人と深く関わるってことを極力避けてしまうのも、まあ分かるんです。



ただ、我が子にすら、子どもにすら、向き合わないというか…向き合い方がわからなくなってる人が増えたような、そんな気がします。



他者との深い関わりを避けて、簡単に敵と味方を作るよね〜。
まあ、一見、その方が楽ですからね。
…その場だけで見たら。


健常児と障害児と分けて教育することは、
お互いに相手が負担にならない程度の関わりを学ぶ機会が損なわれますよね。


相手の負担になることを理解したり、
互いの権利を主張したり、
譲歩しあったりする機会が全くなくなるということですよね。


それは、どちらかが冷や汗をかいて無理をしたり、
一方的に我慢を強いられることが正解では無い筈ですよねぇ。
そういう匙加減ていうのは、トライアンドエラーでしか、学べない気がするのですが…


一体いつどこで、それを学ぶんでしょうか。
分からないまま生きて行くしかないのかな?
理解出来ないまま大人になって、いつか親になるのかな?
それで、社会の同調圧力で出来上がった自分たちにとっての「当たり前」が、ちゃんと出来ない人間のことを、「障害者」と定義して見下すんでしよ?
見下しはしなくとも、宇宙人として接するんでしょう?
自分たちとは違う、異質の人間として接するんでしょう?


親にならなくとも、教師とか、医師とか、そういう人を導く仕事に就く子もいるでしょう。
…まあ、そりゃどんどん教育の中身はペラッペラになって行きますよね。


日本では、多様性って言葉が、まるで上滑りしてませんか?


こういう社会で、どうありたいか。
我が子をどんな風に育てていきたいか。


答えなんて、簡単に出ないですけど、
常に問い続けたいと思います。




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