初出2023.02.19

再掲載





その人に対して

優しくする以外の救いが見つからないとき

わたしはどこまでも優しくなる

優しくするしか

束の間の優しさを与えることしか

その人に対して出来ることがないからだ

それがどんなに

虚しいものであると

分かっていたとしても



本当はそれ以外の方法をいつも探している




ある一つの例。



息子59歳

母親86歳



息子はいつも、自分のことだけ。

母親はまるで、製造責任を取るかのように、甲斐甲斐しく息子の面倒を見る。



息子は高齢の母親を労わることなく、

一方的に面倒を見て貰っている。

母親が死んだ時のことを心配している。

自分の面倒を見てくれる人がいなくかなるからだ。



その息子が福祉の作業所に来る。

わたしはスタッフとして接している。



自分が途中まで飲んだ目の前のコーヒーカップを、スタッフに当然のように「片付けて」と言って来たとき、目眩がした。 



家では洗い物はおろか、食器を流しにまで持って行くこともしないのだろう。




似たような例が、今の高齢化した福祉の現場では、何百例もあるのだろう。

というより、福祉の利用者の全体が高齢化している今、そういった図式がむしろ主流となりつつある。



そんな福祉事業所の書庫の引き出しに、

「親亡きあと」と書いてあるパンフレットがひっそりと眠っている。



こちらのNPO法人さんが配布しているパンフレットである。





実は、親亡き後についての相談窓口は日本全国に思ったより沢山あるようだ。




全国で色んな人が活動してくれている、とても大事なこと。

でも、多分、なかなか広まらない。



福祉の現場の人間から、

親亡きあと、と書かれたパンフレットを本人に渡すのも、親御さんに渡すのも、



正直キツイんです。



必要だと思うから、取り寄せた。

福祉の人間同士は、必要性を理解しているから、グループの各施設、スタッフにまでは行き渡る。

スタッフはいつでも利用者に渡せる状況に、あるんだけど。



個別に相手方から相談の申し入れがあれば、

色んなことをお伝え出来ますけど。



スタッフから率先して、何かお伝えすることは。

正直、難しいです。



うーん、せいぜい、

パンフレットを共用の場所に何も言わずにそっと置いとくくらいしか出来ませんよ。



しかし、置いておいたはいいものの、すぐに思わず隠したくなる。



出して置こうか、しまって置こうか、葛藤する。

結局、出してはすぐしまう。

そしてそのうち、引き出しの中で眠る。

(いまここ)



自分が施設長だったら、どうするのかな…🤔

まあ、家族に向けてまずはお話会開くかな。

逃げてはいけない部分だから。

わたしは平社員どころか、パートなんで。

何も言えません。出来ません。

上の意向に従うだけです。




まあ、ここの人たちは、精神薬を飲むことで障害者となって福祉の牧畜ビジネスに飼われている人たちだから、

(おい、言い草…)



野良引きこもりの、50.80問題よりはだいぶマシなんだろう。



そういう野良引きこもりの人たちは、とりあえず医療福祉が障害者認定して「あげる」、(本人たちは障害者認定して「もらう」)くらいしか、現代の日本の仕組みでは、突破口を思いつかない。


まあ、多分障害者グループホーム行くんだろうね。




…みんなさ。

手遅れになってから、のろのろと動くんだよね。



手遅れにならないようにとか。

まだ、変われる余地があるとか。

思えるうちが、



わたしたちスタッフに、

お説教して貰えたり、

イライラして貰えるうちが、

わたしにブログで愚痴書かれたりしてるぐらいの人の方が。

…花だぜ?



普通のスタッフは。

初めから諦めてるから。

表面上、誰にでも優しいよ。

陰で優生思想バリバリの目で利用者を見てる。

…人間扱いしてないからね、利用者を。

人扱いしてないから。

何も期待してないからだ。

全てを諦めているからだ。



それでも。

優しいスタッフが好きなら、それでいいよ。

どうぞ嫌ってくれ。

人間扱いされないことを、自ら選んでおくれ。




…こんな国、

手遅れになるまでほっとく国、

日本だけなんだよ?

知ってる?



日本の精神医療、福祉は。

あまりにも、メタ認知が弱い。




なんなら、日本のシステムそのものが精神疾患に罹患してる。



大人になった引きこもりを家族が世話してるの、世界じゃ異常なことなんだよ。

まともな国はちゃんと、国が関与してますよ。



例えば…とか書くと長くなるから。

別の機会に書くかも。




でも、この国は。

介護も、

引きこもりも、

果ては子ども食堂も。



国がやらずに、国民1人1人に負担を強いる。

国民にやらせる。

社会が病んでるから、そういうのが必要な人たちは多数現れているのに、社会は責任を放棄。



おい、ガキ作っておいて認知しないクズ男みたいなことしてんじゃねえよ、日本。



家族、当事者、に責任を負わせ、

良心を持った有志たちのやりがいを搾取し。

そんなんで偉そうにふんぞり返っております。

それが、我が国。

わたしは心の中で、大本営と呼んだり、呼ばなかったり。



でも、無思考な国民たちは、

大本営の言うこと聞き続けている。

いつまで、守って貰えると思ってるんだろう。



自分たちが、いい歳して、全く自立してない。

自分1人で社会やものごとを、深く考えることすら出来ない、

祖(おや)である日本に、何かしようと思えるような心も育っていない、



そんなのまるで、50歳の引きこもりだ。

日本国民は、50歳の引きこもり。

(平均年齢、48.6歳)

国の主導権をにぎるのは、80歳の痴呆老人。




今の日本の基礎が戦後に生まれたのだとしたら、

日本という国はもう、年寄りなんだよ。



いつしか日本という国は人を育てられなくなり。

その結果、いい年した子ども(国民)が増えた。



日本は、国は、子育てを、国民育てを間違ったの。

それは、日本という国が、毒親だからだよ。



でも、もう大人なんだったら。

毒親、毒親言ってないで。

自分で何とかしなきゃいけない。



耄碌して迷走する親の面倒を見なきゃいけないのは、自分たちの方だよ。



いつまで、自分のために何でもしてくれる誰かを求めてるんだよ。




「自分で使ったコップを自分で片付けるのは当たり前のことです。そんなことスタッフにさせるのはあなただけですよ。家でもお母さんにやらせているんですか? そういうところからですよ。あなたが変わらなきゃいけないのは」



…次は、言おう。




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