あの時「生きる」ことになり  今と繋がっている | メディカル呼吸協会(メディカル呼吸®︎)山本理恵

メディカル呼吸協会(メディカル呼吸®︎)山本理恵

癒しの女神看護師25年/メディカル呼吸®開発者。パニック・不眠に届くセルフケア講座と、子育てママの癒しの声レッスン主宰♪


【10代の私は40代の私のメッセージを受け取っていた】

あの時「生きる」ことになり
 今と繋がっていたから未来が見えなくても
 不思議なんだけどこうやって生きてる。

ずっと子どもの頃から40代の自分からの
 メッセージが聞こえてきていました。

 大変だけど大丈夫だから。

 使命だから経験して、と。

 なんとなく40代の今の私からのメッセージに
 10代の私は納得させられていて、

 どんなに辛い出来事が降りかかっても、
 どういうわけか
 
 苦労している、という感覚がなかったから
 不思議なのです。

 

母が私を道連れにして「自殺未遂」をしたとき
 10歳でした。
 
 
 兄が全てのことをまとめて騒動を鎮めてくれた。

 ガス自殺を図ろうとしたんです。

 
 後遺症が残らないタイミングに
 兄が発見。全てが奇跡だった。

 あと1時間遅かったら、、、どうなっていた
 でしょう。

 あまりの(母が死ぬ覚悟があったことを知ったとき)衝撃で、
 身体が固まってしまって動けなかった。

 
 ぼんやりとアパートのすりガラスの戸を
 見つめながら
 
 「私さえ生まれなかったら
  お母さん、幸せだったのかな。。。」

 なんで私なんて生まれてきたんだろう?

 お母さん、幸せでいてお願い。

 そのあとも

 よく母は
 「なんで私からみんな離れていく?」
 
 「私ばかりがいつも不幸になる」

 「尽くしても尽くしても裏切られる」

  「大切にされない」

 「愛されない」

 「子どもにも愛されない」

  
 そんなことを口にしていました。

 私はどうすれば、どんな考え方をすれば
 お母さんは幸せでいれるのだろう?

 小さな世界で必死に考えました。


 あ、「あり方」だ!💡と
 中学1年くらいになった私は気付きました。

 そこから色んなボールを投げました。

 でも本質をつきすぎて、それは
 優しい言葉ではなかったのでしょう。

 『お母さん、あのね、
  居心地のいいところから

  人は離れていかないよ』

 冷静に思春期の娘に言われたら

 さぞかし腹が立ったと思います。

 返ってくる言葉は

 「あんたに何がわかんねん!」でした。

  
 私は母から不幸になる生き方・あり方
 言葉の使い方を学んだわけなわです。

 その逆をすれば人は幸せになれる、と
 確信していました。

 色んな角度から
 ボールを投げました。

 でも床にボールたちは転がったままでした。

 何年も何年も。。。

 どんな言葉でどんな角度から
 どんなタイミングで伝えたら
 

 わかってもらえるのだろう?

 伝えることに貪欲になったのは
 この頃からですね。

 常にお金のことなどでもめていた両親でしたが
 中学2年のとき、どんどん様子がおかしくなっていきました。

 兄がぼそっとその状況をみて
 『どつぼや。。。もう終わりや』と
 涙を滲ませて拳を握って
 言ったことを鮮明に覚えています。

 『どつぼ』な状況でも
  不思議と苦労しているという感覚が
  私にはなかったのは

 40代の私がメッセージを送っていて
 それを10代の私はキャッチしていたからです。

 中2の、寒い朝に母は
 荷物をまとめて突然出て行きました。

  
 悲しい、寂しい、誰に頼ってこれから
 生きていったらいいのだろう?

 
 その時から 「甘えてはいけない」の
 思い込みができました。

 私の願いは一つでした。

 
 どちらも大好きな両親でした。

 父も好き、母も好き、
 何故争わないといけないのだろう?

 どちらにも幸せでいてほしい、それだけでした。

 その後20年近くを経て
 2人を引き合わせて

 いまはルームメイトという形で
 父と母は暮らしています。

 私と母の関係も良くなりました。

 何十年も床に転がったままの
 ボールを一つずつ
 拾い集める作業を、母はしてくれています。

 決して私を愛していなかったわけではない

 母は母なりの愛で私や兄を愛してくれていた。

**


 子どもたちの願いは

 お父さんにもお母さんにも
 幸せでいてほしい、ただそれだけなんですよね。

 そんな子どもたちの願いを
 守りたくて、

 私はお母さんたちを心身ともに元気にするべく
 マミーボイスアカデミーをやっています。

日本中のお母さんたちの笑顔を
 見ることが増えれば増えるほど

 私自身が癒されるからです。

 私は私のためにもやっているのだと思います。

 やめようかなと思うことも
 正直あったんですよね。

 
 でもやっぱり
 私の生きてきた軌跡の延長に
 マミボイはありますし

 大切な私の子どもみたいなものです。

1人でも多くのお母さんたちが

 心からの笑顔でいられるよう、

 そして、どんな考え方やどんな言葉を使って
 いると幸せでいられるか?を
 伝えていきたい

 だからずっと続けていこうと思います。

読んでいただきありがとうございました😊


メディカル呼吸アドバイザー
日本マミーボイスアカデミー協会
代表理事 山本理恵