藤目ゆき著『占領軍被害の研究』を読むと、占領期の日本がいかに悲惨だったかがよくわかります。
占領期、日本の各地にアメリカ軍の演習場ができました。その多くは開拓農村の隣接地でした。結果、開拓農村は米軍将兵のレイプ被害にさんざん苦しめられることになりました。
米兵は、昼間、開拓農家にやってきて、図々しく家に上がり込み、男を追い出し、女性を犯して帰って行きました。
あまりの事態に開拓農民が警戒を強めると、米兵は夜に開拓農家を襲撃するようになりました。農家の男たちは玄関にバリケードを築いて防ぎました。米兵は、ひどいときには放火して、逃げてくる女性たちを捕まえて犯しました。女性たちは昼間でも一人では出歩けない状態となりました。
残念なことに、米兵に迎合して女性の居所を米兵に教える日本人さえ現れました。
こんなことが宮城県王城寺原や山梨県北富士などで起こりました。
以下は、王城寺原の目撃談です。
「夏、暑いでしょ。暑くて暑くて、あの裏にきれいな花川っていう水、そのまま飲んでもいいような水が今でも流れている。そこへ泳ぎに来たくてね。まさか駐留軍がこっちまで来るって考えてなかった。そん時にね、徳川さんの娘、あんとき防げたから名前言うんだよ。人間ってのはこれまで理想をなくすのかと、思う。米兵がですよ、男性のシンボルをおっ立てて、そのまま追っかけるんですよ。本当に情けないって言うか、憤りがわくね。それで、河野君ともう一人と一緒に娘を逃して、河野君が適当にごまかして、止めて、娘を助けることができた。まったくきわどいところだったの。もう少しでつかまるとこ、うまく助けることができた」
あまりの事態に離農する農家が増えました。残った開拓農家は、やむを得ず、売春婦に家を貸して、パンパン宿を経営するようになりました。思わぬ現金収入を得た一部の開拓農民は農業から離れ、堕落していきました。以下は、北富士の開拓農民の証言です。
「思い出しても身体が震えます。営農の道を断たれたわたしたちは、アメリカ軍とともに部落に押し寄せた売春婦に部屋を貸し、部屋代を取りました。政府の役人たちは、その時なんと言ったでしょうか。『良かったな、これで楽して金が取れる。あんたたちは働かなくても良いんだ』。それが日本の役人であり、日本政府です。わたしたちは確かに愚かで恥知らずでした。売春婦の部屋貸しを政府に励まされているうちに部落は地獄のようになりました。部屋を貸し、遊んで食っているうちに、本当に失ったのは精神であり、道徳でした。部落では若い人たちが身を誤り、堕落した者が少なくありません。それでも政府がわたしたちに与えたものは、嘲笑だけでした。『楽して金が取れる、よかったな』。悪魔の言葉です。政府は、農民に農業を忘れさせ、女郎屋のようなことをさせようとしたのです」
どうでしょう。占領期の日本は地獄でした。
米兵がひどいのは当然ですが、その米兵に迎合し、開拓農民を見下して悪罵を放つ日本の役人の姿は実におぞましいものです。まさに売国奴です。
これが占領の実態です。国家主権がなくなると、政府も官僚も日本国民の人権を無視するようになるのです。
昨今の政治を見ていると、日本は再び地獄へと落ちていきつつあるようです。自公政権は完全な傀儡です。

